第52話 お願い
「来ちゃったって……」
想い出の中で輝いていた、宮坂の笑顔。夏の太陽のように眩しくて、燃ゆる紅葉のように温かくて、雪のように柔らかくて、春風のように優しい。そんな笑顔。
『それより、千冬君のいいところでしょ? まずはかっこいいでしょ? それにすごく優しい。面白い。クール。几帳面。サッカーが上手――』
宮坂は指を折りながら僕のいいところを本当にたくさん教えてくれた。
『ねぇ、千冬君』
数える手が止まり、明るかった宮坂の声が穏やかになった。
「どうしたの?」
涙で歪んでいる顔を、何とか笑顔に変えて宮坂に聞く。
『昨日。千冬君が言ってくれた言葉。あれ、ほんと?』
「昨日って」
宮坂の不安そうな顔に聞き返す。
『その、葵のことが好きって』
人差し指をちょんちょんと合わせながら、恥ずかしそうに聞く宮坂に
「もちろん。大好きだよ」
力強く、そして優しく伝えた。目の前の宮坂は、いつもみたいに表情を明るくして
『嬉しい! じゃ~ぁ。葵たち、両想いだね?』
と、可愛らしく腰を折って聞いてきた。独特な語尾の伸ばし方はそのまま。語尾の母音が少し強くなるのもそのまま。また溢れてくる涙を、なんとか留めながら
「うん。そうだね」
短くそう答える。こういう大事なときでも少しだけぶっきらぼうになってしまう自分を呪ってしまいたい。
『いま。ネガティブになったでしょ?』
「え?」
綺麗に的を射た突然の言葉に、間抜けた返事をする。
『だ~め! 千冬君はじぶんに自信を持たなきゃ!』
「ごめん……」
葵の優しい叱責が、こころに暖かく残る。
『それじゃあ罰として。葵のお願い、一つだけ聞いてくれる?』
「なに? 何でも言って」
罰なんかじゃなくても聞く。大好きで大切な葵の願いなら何でも。
『今すぐ選手権に行って?』
「え?」
また間抜けた返事をしてしまう。本当に情けない――。って、ダメだった。じぶんに自信を持たないと、また葵に叱られる。
『葵に、千冬君が一番輝いてるところ、見せてほしいなぁ』
照れたように笑う葵を見て、また胸がきゅっと締め付けられる。
「でも。登録とか、いろいろ……」
『そんなの関係ないよ! ほら! 早く!』
葵の言葉に背中を押されるように、僕はあの日を境に一度も履いていないスパイクと、葵が僕にくれたミサンガを手に持って家を飛び出した。
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