第49話 おくりもの
その日は一睡もできなかった。ぼんやりとした視界の中で、満月が沈んで行くのを見て、昇ってくる太陽のせいで明るくなる空から目を逸らした。
今日は、選手権予選決勝の日。
「行ってきます」
姉貴の声が一階からうっすらと聞こえてきた。
「いってらっしゃい」
母と父が少し遅れて姉貴を優しく送り出す。
玄関の扉が閉まってすぐ、スマホに電話がかかって来た。
「もしもし……」
文字だけを繋いだような気の抜けた声で返す。
『千冬?』
声の主は、さっき出発したばかりの姉貴だった。
『昨日、話聞いた。葵ちゃんのこと……。すごく残念だった」
姉貴の弱々しい声に、僕は何を返すことも出来ない。
『葵ちゃん、最後まで千冬の試合が見たいって言ってた』
姉貴のその言葉に、宮坂と最後に交わした会話が頭に再び流れる。
「もう無理なんだよ……」
『無理じゃない。葵ちゃんは、絶対に千冬のことを見てる』
今はフィクションの世界じゃない。この世界のどこにも、宮坂葵は存在しない。
『試合開始は午前十時。待ってるから』
一方的に電話は切られてしまった。
「葵……」
彼女の名前を口にした時、いつかの思い出が頭に飛び込んで来た。
「お待たせ」
扉を開けた音とほぼ同時に、押し入れが締まる音が部屋に響く。
「見たろ?」
「み、見てないよ?」
彼女が初めて、僕の部屋に来た日。
何かを感じて、僕は押し入れの戸を勢いよく開けて、あの日以来開けていなかった思い出の詰まった段ボールの蓋を開いた。
中にはたくさんの想い出たち。トロフィー、楯、みんなとの写真。そして、憧れのスター選手たち……。
段ボールの一番底の所。天井に飾っていたヴィトールのポスターの下に、入れた覚えのない黄色の小さな包みが入っていた。
口をしっかりと留めているひまわりが描かれたマスキングテープを丁寧に剥がして、そっと中を見る。小さな袋の中には、オレンジと黄色と白で編まれた、少し不格好で、とても可愛らしいミサンガと、一通の便せんが入っていた。
「葵……」
手紙を掌の上に載せて、ふぅと細く息を吐きだしてから、僕はゆっくりとを青空のような美しい空色の封筒を開いた。
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