第48話 逃避
「葵? 葵!」
意識のない葵を見て、僕は急いでナースコールを鳴らした。
『どうされましたか?』
落ち着き払った看護師の声に
「葵が……。葵が!」
そんな言葉でしかこの状況を伝えられない。強く、慌てた僕の声に驚いた看護師さんは、すぐに事態の重さを感じ取り
『今すぐ向かいます』
そう言った。その声を聞いたとき、僕の手からナースコールの押しボタンがするりと零れ落ちた。
その後、駆け付けた看護師と医師による懸命な心肺蘇生が始まった。ベッドのきしむ音が実に生々しく耳に飛び込んでくる。
数分間にも及ぶ心肺蘇生。医師の手が止まり、最後の電気ショックを行っても、宮坂がまた瞼を上げることはなかった。
「残念ですが――」
医師の力ないその言葉を聞いたとき、頭の中が文字通り真っ白になった。
――葵が……。葵が、死んだ……?
――ありえない。だってさっきまで一緒に話していたし、試合が見たいって……。
――それなのに……。どうして…………。
僕は、状況を処理することができなくて、病院から飛び出した。背後から看護師の大きな声が聞こえる。けれど、なにを伝えられているのかは全く分からない。
頭がごちゃごちゃする。騒々しいのに、とても静か。本当に訳が分からなくて、信じたくない思考を振り払いたくて、僕は全速力で家まで帰って何も言わぬまま、真っ暗が自室に逃げ込んだ。
真っ暗な部屋がこれほどまでに心地いいと感じたのは、果たしていつぶりだろうか。
「千冬? 葵ちゃんのお見舞いは?」
すぐ後ろ、扉の向こうで姉貴の声が聞こえた。返事は、出来なかった。
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