第47話 おもい

「葵……?」

僕の勘違いかと思って、小さな声で宮坂に問いかける。すると、少し靄がかった酸素マスクの中で、宮坂の口が小さく動いた。

「葵! 待ってろ! すぐに先生呼んでくるから!」

そう言って部屋を飛び出そうとした時、宮坂の細い腕が僕の弱々しく震える手をぎゅっと掴んだ。

「行か……ないで」

宮坂の声が細く空気を揺らして、やわらかく僕の耳に届いた。

「どうして!」

 宮坂が目を開けてくれたことが嬉しくて。

 宮坂に助かってほしくて。

 宮坂とまた、一緒に学校に行きたくて。

 宮坂の、あの笑顔をもう一度。宮坂のすぐ近くで見たくて。

そんな思いが心から溢れてきて、語気が荒くなってしまう。

「ごめん」

伏し目がちで謝ると、宮坂は小さく首を振って

「千冬……君と……、二人で……お話したい」

弱々しく握られた手から宮坂の強い想いを感じて、僕は心を鎮めて宮坂の願いに応じた。

「毎日……、来てくれたの……?」

酸素マスクの奥から聞こえてくる宮坂の小さな声を一つも逃すことなく、丁寧に耳を傾ける。

「あぁ。明日は決勝戦だよ」

ゆっくり、はっきり、必死に笑顔を浮かべながら伝えると、

「千冬君は……出るの……?」

宮坂はそんなことを聞いてくる。

「それは……」

『出ない』なんて言えなくて、言葉が詰まる。そんな僕の情けない表情を見て、この後の言葉を感じ取った宮坂は、

「私……、私ね……。千冬君が、サッカーをしているところがね……、また、見たい」

弱々しくも、強い芯が通った声が僕の鼓膜を大きく揺らす。

 不甲斐ない。情けない。そんな感情が心をぐるぐると回って、言葉が出ない。

「ねぇ、千冬、君……?」

「どうしたの?」

弱々しくなる声を聞いて、僕は酸素マスクに耳を近づける。

「私、千冬君のことが……。大好き」

葵はゆっくりと頬を持ち上げて、優しい笑顔を僕に向けながら真っすぐ、丁寧に伝えてくれた。

「僕も……。僕も、大好きだよ。葵」

僕は昂る感情のまま、宮坂を強く優しく抱きしめた。

 宮坂の温もり。

 宮坂のやさしさ。

「うれ、しい……」

 宮坂の優しい声。

全部、ぜんぶ感じた時、二人だけの病室の柔らかな時間を無機質な機械音がまっすぐ切り裂いた――。

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