第44話 失意のどん底

 この病院に来て、どれくらい時間が経ったのだろう。時間の感覚が完全に狂ってしまった。手足は冷え切っていて、鼻先も少し痛む。時計を探すために視線を上げたその時、目の前にある手術室の扉の上の赤いランプが消灯した。

 俯くことしかできなくて、祈ることしかできなかったから気づかなかったけれど、隣には宮坂のご両親と思われる方が座っていて、二人とも心配なんて言葉で表せないくらい表情を暗くさせていた。

 少しして手術を担当した先生と思われる方が、暗く硬い表情のまま手術室から出てきた。

「あの、葵は! 葵は大丈夫なんでしょうか!」

涙を流しながら、先生にすがるような勢いでお母様が先生に聞く。その後ろでは、全てを受け入れるといって様子で、お父様が姿勢よく立ち先生の顔をまっすぐに見つめていた。

「お父様、お母様。落ち着いて訊いてください……」

不穏な前置きに、身体がギュッと強張る。

「私どもも尽力したのですが、打ち所が悪く葵さんは現在という状態になっています……」

受け止めたくない言葉が頭に飛び込んできて、脳に焼き付く。


 ――脳死……? 宮坂はもう、助からない……?


目の前には泣き崩れる女性の姿と、後ろからそっと抱きしめる男性の姿があった。確かに目の前で涙を流し、嗚咽を零す人がいるのに、僕の耳には一つの音も入ってこない。

 不意に訪れた静寂。無機質な壁の上に、宮坂との思い出の日々が投影される。


 ――いつも太陽みたいにキラキラ輝いて笑っている宮坂の顔。

 ――いつも嬉しそうに、楽しそうにはしゃいでいる宮坂の姿。

 ――そして、少し寂しそうに笑っている宮坂の顔……。


 ――どうして僕じゃなくて宮坂なんだ……


そんな思いが胸に飛び込んでくる。

 そうだ。あの時、僕が宮坂の手に触れられていたなら、宮坂を助けられた。

 自分を犠牲にしてでも、宮坂を押し飛ばせば宮坂は軽傷で済んだ。

 僕が、あの公園に行かなければ、事故に遭うことはなかった。


 自分のせいで、宮坂はあんな目に遭ったんだ……。

 僕は、抱えるには大きすぎる罪悪感を背負って、千鳥足で病院を後にした。

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