第37話 アンビバレント

「失礼しま~す」

恐る恐る、僕の部屋に入ってくる宮坂。第一声。どんなことを言うのかと思えば、

「意外とシンプルだね!」

と、まぁ何とも言えない普通のことを言ってきた。

「どんな部屋だと思ってたんだよ」

「なんかねぇ、サッカー選手のポスターがバァーって貼ってあって、トロフィーとか賞状とか、楯? とかがたくさん飾ってあるイメージ」

約一年前の部屋の様子をドンピシャで当ててくる宮坂。そのせいで、あの時の鮮やかな部屋が頭の中に戻ってくる。たくさんの色で溢れていて、普通なら絶対に落ち着かないはずなのに、どうしてか心地よくて、リラックスできる部屋だったなぁ、なんていう懐かしい感覚が、薄まっていく鬱陶しい記憶の中にポツンと残る。

「もう、サッカーは辞めたんだ。全部片づけたよ」

「え? どこに?」

宮坂の純粋無垢な眼差しに、つい

「押し入れ。かさばるし、邪魔になるから」

と正直に答えてしまった。捨てたとでも言えばよかったのに、と後悔の念が心に飛び込んでくる。

「そうなんだぁ」

急ににやけだす宮坂。絶対に押し入れの中を見られる。そう思ったけど、

「お茶、淹れてくる」

そう言って、俺は部屋の扉に手を掛ける。この時の、僕の気持ちは分からない。開けてほしくないはずなのに、開けてほしい。相反する感情が見事に共存している変な感覚が妙にくすぐったくて、とりあえず

「開けるなよ」

とやんわりと念を押してから部屋の扉を閉めた。

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