第32話 楽しいよ?
二年生初日。清々しいとは程遠い感情を胸に抱きながら、玄関の扉を開ける。大きな欠伸を一つ、二つしながら公道に出ると
「おはよう!」
いつも通りの大声が耳に飛び込んでくる。こんなに毎日あいさつをされては、こちら側が築き上げた壁も少し薄くなってきてしまい、
「おはよう」
と怪訝そうにだが返すようになっていた。
「今日から二年生だね!」
「うん……」
「クラス替え。すっごく楽しみだね!」
「うん……」
宮坂の問いに対する僕の返事は、いつもこの「うん」の二文字のみ。こんなにそっけなくあしらわれ続けても、めげずに話しかけてくる宮坂のメンタルはどうなっているのかと思う今日この頃だ。
「桜、綺麗だね!」
「うん……」
「あれ、新入生かな!」
「うん……」
「クラス、一緒になれるといいね!」
「うん……。って、あ! 違っ」
見事、宮坂の術中にはまってしまった。宮坂の問いに対して、これしか返さないと決めているというマインドがこの結果を招いてしまった。漫画とかでも描かれていたから、警戒していたが完全に意識が前を歩く新入生に向いていたため、機械的にそう返してしまった。
「やった~! 橋本君はぁ、葵と同じクラスが良いんだ~」
誘導して出た答えだと分かっているはずなのに、宮坂は本気でそう言われたみたいに表情をパァーっと華やげて、本当に楽しそうに笑っている。そんな宮坂の横顔が、少しだけ愛おしく思えてしまう。
「サッカー部、戻ってくるよね?」
「ない」
さすがに、二度も同じ手には乗らない。それは宮坂自身も理解していたようで、大袈裟に動揺の色は見せなかった。
「サッカー、楽しいよ?」
「……」
――そんなの、言われなくても分かってる……。ポスターも剥がした。スパイクもボールもトロフィーも。何もかも段ボールに封じ込めた。今すぐにでもサッカーという言葉を記憶から消してしまいたい。
――だけど、あの日。僕がオウンゴールをしてしまったあの日から一度も、僕の頭の中からサッカーが居なくなった日はない。忘れられないんだ。どうしても……。
宮坂の何気ない一言に、僕のこころの中はザワザワと物音を立て始めた。
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