第25話 無表情

「気をつけて帰るのよ~」

先生のその声を聞いた瞬間に席から立ち上がって、勉強道具を乱雑にカバンの中に放り込んで教室を出た。

「橋本君!」

D組の教室を見ると、ちょうど席から立ち上がった橋本君とばっちり目が合った。

「部活、行こう!」

ありったけの笑顔で、ありったけの声量で橋本君に訴えかける。

「宮坂さん。うるさいですよ」

後ろから担任の先生の叱責を受けて「すみません」と小さく頭を下げた後、D組の教室に視線を戻すと、さっきあった橋本君の姿がどこにも見つからなかった。

「あれ? 橋本君は?」

近くにいた委員会が一緒の綾ちゃんに聞くと、

「後ろ」

と私の背後を指さしながらそう言った。慌てて振り返ると、何事もなかったかの表情で私の目の前を通り過ぎて行く橋本君の姿があった。あまりに自然で、清々しいまでの無表情を前に、橋本君が廊下の角を曲がるまで私は動けなくなっていた。

「あ! 待て~ぇ!」

やるべきことが私の所に帰ってきたみたいで、身体の自由が戻ってきて、私は大きな声を廊下に響かせながら橋本君の背中を追った。

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