第21話 淋し気な背中
「おかえり、姉貴」
「おかえりじゃないわよ! どうしてサッカー部辞めたの!」
怒りが爆発して、つい声を荒げてしまう。
「どうしてって。理由なんてどうでもいいだろ……」
千冬は真っすぐに向けられる私の視線から逃げるように、真っ白な壁に視線を向ける。
「千冬は、プロになるんじゃなかったの?」
「プロ……」
私の問いに千冬の表情が一瞬、ぐにゃりと歪んだ。
「千冬の実力なら絶対になれるって。それに、昨日の事なら誰も気にしてないし」
追い打ちをかけるように必死に言葉を紡ぐけど、冷静になった千冬は
「それは嘘だよ」
と鼻で笑って言った。
「俺があそこでオウンゴールなんてしてなければ。今頃、三年生たちは……」
小さな微笑みの後、千冬の表情に真っ暗な影が落ちる。
「オウンゴールはただの結果でしかない。あそこで競らなかったら、後ろの10番が得点してた」
状況を整理して千冬に伝えるけど、
「いや、それも違うよ。俺が飛ばずにブロックをしてれば、キャプテンが確実にクリアしてた」
ピッチ内。しかも、そのシーンのど真ん中にいた千冬は、その状況を誰よりも把握している。そんな千冬に、そんな甘い励ましは通じなかった。
どれだけ話しても、千冬の口からは悲観的な言葉しか出て来ない。苦しそうな表情しか生まれない。そんな暗い千冬を見ていると、私まですごく暗くて、辛くて、重苦しい気持ちになった。
「みんな、千冬がいなくなって動揺してた。心配もしてた……」
俯きながら、今日のみんなの様子を伝えた。そんな私に千冬は
「ウソだね。笠井先輩辺りは、ポジションが空いて清々してたんじゃない?」
そう言った。千冬の口から出たその言葉に、私は何を言うことも出来なかった。
「図星みたいだね。まぁとにかく。俺はもう、サッカー部に戻るつもりはないから。宮坂にもちゃんと言っておいて」
そう言うと、千冬は踵を返してリビングの方に歩いて行った。
「千冬……」
千冬の大きな背中が、少し淋しそうに震えてリビングの中に消えて行った。
「どうして……」
私の声は、誰にも届かないまま廊下のどこかに姿を消した。
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