第19話 かわいい弟

 その大会を契機として、千冬には数多くのチームからオファーが来た。その中には、一度は名前を聞いたことのある名門高校の名前や、トップリーグの下部チームの名前もあった。

「千冬。今日も来たんだって?」

「ん? まぁ……」

すごく誇れることのはずなのに、千冬はこの話になると窮屈そうな表情をして意識的にテレビに視線を向ける。

「どうした。全国大会常連校とか、トップリーグの下部からの話も来てるんでしょ? ねぇ、どこにするの?」

千冬の光り輝く姿を思い浮かべて訊くと、千冬は物憂げな様子で

「どこにも行かないよ」

そっけなくそう返してきた。

「なんで?」

言葉の通り、千冬はすごく勿体ない決断をしている。レベルの高いところで、レベルの高い指導を受ける。それがプロになるための最善手だというのに。

「この家からは出たくない」

千冬は弱々しくそう言って目を伏せた。

 子供じみた理由。だけど淋しげな表情から放たれたその言葉は、冗談のようには聞こえなかった。ダイニングテーブルの上に置かれた進路調査票の上には、私がいま通っている家から最も近い河北高校の名前が第一希望のところに記入されていた。

「ちょっと。これでいいの?」

進路調査票を手に取って、真剣な表情で千冬に問う。

「いいよ。姉貴がいたほうが安心するし」

突然こちらに向けられた純粋で熱い視線に心が撃ち抜かれそうになったのは、今でも忘れられない。

「プロになるんじゃないの?」

幼い時の、あの千冬の笑顔を思い出して落ち着いた声で訊くと、千冬はまたテレビの方に視線を移して

「プロにはなるよ。でも、名門校からプロになるのは、なんか嫌だ」

そんなぼんやりした返事をした。

「なんか嫌って……」

そんな答えに呆れた声でそう言って、千冬の向かい側の席に座る。

「絶対にプロのスカウトの目に留まるところでやってたら、そりゃそれなりにおファーくらい来るよ。現に、今回の優勝で俺は見てもらえた。てことはさ、無名校だろうが見てもらえるってことじゃん。結果を出せば。だから俺は高校でも全国取って、ちゃんと胸張れる実力を持ってプロになる」

千冬の言っていることが分からないわけじゃない。でもやっぱり、勿体ない気がした。見てもらえる場所が多い方がたくさんの人の目に留まるだろうし、名門校、ましてやトップチームのユースなら指導体制もしっかりしているだろうから、数段上の指導を受けれる。実力は、そこで確実に上がるだろう。そんなメリットがあるのに、私は千冬の背中を無理にでも押すことができなかった。

 だって、千冬の『姉貴がいたほうが安心する』という言葉が、あまりにも衝撃的で、すごく嬉しかったから――。

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