第16話 鬱陶しい

「ただいま……」

重たい声が味気ない白い壁に小さく反響して消える。突き当りのリビングにいるであろう母の耳にも届かないくらいの小さなその声。僕は静かに玄関の扉を閉めて、ゆっくりと茶色のローファーを脱ぎ始めた。その時、背後から戸が開く音が聞こえてきた。

「おかえり」

扉が閉まる音で気づいたんだろうか。母は僕がいることに少し驚いているように見える。

「あ、さっきね。宮坂さんって子が家に来たわよ?」

「あ、うん……」

その名前を聞くと、明日から起こる可能性がある鬱陶しい出来事が頭に浮かぶ。僕は短く返事をして階段の一段目に足をかける。

「彼女? かわいい子じゃない」

母は茶目っ気を持って、からかうようにそう言ってくる。今の僕の精神状態からしたら、ダイナマイトの起爆剤にもなりかねない言葉。導火線に火が灯るのをなんとか凌いで、

「違う」

と低く返して階段を上った。

「あいつ、毎日来るって言ってたよな……」

自室のセミダブルのベッドの上で、ボソッと呟く。

 面倒くさい。そんな感情の他に、毎日家まで来るよりも、学校で付き纏うなりなんなりした方がよっぽど効率が良いと、少し怒りに近い感情も湧き上がってくる。

「あいつ、馬鹿だな……」

蔑視するような言葉を、頭の中に居座るアイツにぶつけて俺はゆっくりと瞼を下ろした。

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