第9話 いつも通り?

「あんな感じだったかな……」

千冬がリビングから出ていってから、不安を含んだ声を漏らす。

 さっき調べた"オウンゴール 慰め方"の中にあった"普段通りに接する"というのを実行してみたけど、イマイチ手ごたえがない。むしろ、千冬を怒らせてしまった気がする。ほんと、不器用な自分が嫌になる……。

「違う違う。私が落ちてる場合じゃない!」

首を横に振って、千冬の気持ちを理解しようと考える。だけどやっぱり、オウンゴールをしたこともない、ましてや競技としてのサッカーなんてしたことのない私には、今の千冬が抱えてる苦しさとか、辛さとか、痛みはどうしても分からない。だけど私が今まで想像していた傷なんかよりも、もっと、もっと深い傷を負っているんだろうなというのは分かる。そう思うと、私の胸も苦しくなる。そんな傷心しているときに

「美波。明日は学校なんだから、早いとこ寝なさい?」

と、明日から仕事のはずの父に言われる。私は怠けた声で小さく返事をして自室に入った。

「また、こんな笑顔でサッカーしてくれるかな……」

私の部屋に、唯一飾ってある写真を手に取って呟く。写真には、かわいらしい手足を全力で動かして走る小学四年生の千冬が写されている。この試合は、ベンチメンバーだった千冬が、初めてスターティングメンバーに選ばれた試合だった。プレー中の必死な顔は、今日の千冬と比べても大差はない。違いと言えば、背が私よりも小さかったところと、細身なところ。そして、顔が幼くて可愛いところ。この時の千冬も、今の千冬も、公式戦のピッチに立っているはずなのに、すごく笑顔で試合を心から楽しんでいるように見える。それが千冬のいいところ。だけど、今日の試合以降、千冬の本当の笑顔は見られてない。あの精神状態なら仕方のないことなのかもしれないけど、千冬の作り笑い程、私の心にくるものは無かった。

「はぁ。ちゃんと話さなきゃな」

私は、ひとり静かに決心してベッドの上でゆっくりと瞼を下ろした。

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