第8話 いつもの姉弟
どれだけ勉強をしていたのだろう。今日はいつにもまして勉強がはかどって出されたテキストの半分が終わってしまった。
「千冬。お風呂~」
丁度きりのいいところで、一階から姉貴の声が聞こえてきた。
僕は次のページにシャーペンを挟んだままテキストを閉じて階段を降りた。
「俺で最後?」
「うん」
「じゃ洗濯機回しちゃうね」
「よろしく」
姉貴に確認してから脱衣所に入った。扉を閉めて服を脱ぎ、浴室へ。そして、今日一日かいた全身にべたべたと纏わりつくような汗をしっかりと洗い流して、温かい湯船に浸かる。
「ふぅ、気持ちぃ」
冷えていた身体の芯がじんわりと温かくなってきて、身体の疲労感が少しずつ和らいでいくのを感じる。
「アイシング……。は、もういいかな」
その日は、試合終わりに毎回やっていたアイシングをせずに、湯船に存分に浸かって浴室から出た。
「ふぅ、気持ちよかった」
リビングの扉を開けて、親父みたいにくたびれた声を漏らす。
「洗濯機、ちゃんと回した?」
姉貴はソファーの上で抹茶のアイスを口の中で溶かしながら訊く。
「回したよ」
僕は、冷凍庫をがさがさと漁りながら片手間で返事をする。
「じゃ、干すのは任せた」
お目当てのバニラアイスを見つけて、姉貴のいるソファーの方に歩きながら言う。
「えぇ~」
姉貴はすごく嫌そうな声を上げて、口に運びかけていたスプーンを顔の前で止める。
「今日は試合だったし疲れた」
僕は心を一切込めずにそう言って、大好きなバニラアイスを一口、口に含む。ほんのりとした甘さが、僕を幸福の道へと誘ってくれる。
「わかった。それじゃあ、アイスなんて食べてないで早く寝なさい」
そう言うと、姉貴は僕の手から一口分しか減っていないアイスのカップを奪い取って、サッとアイスを口に運んだ。
「まだ一口しか食ってないんだけど!」
普段、そんなに怒らない僕でも流石にこれは腹が立つ。
「疲れたんでしょ~? 早く寝れば?」
そう言うと、姉貴は俺の食いかけのアイスを本当に美味しそうにほおばる。姉貴の幸福感が、表情全体から感じ取れる。そんな姉貴を見て、
「腹壊しても知らないからな……」
呪いでも掛けるみたいに低い声でそう言って、ミント味の美味しくもなんともない歯ブラシを咥えた。
歯を磨いて自室に戻る。さっきの行為に対する、姉貴へのくだらない仕返しの計画を胸の奥にしまって、その日はすぐに眠りについた。
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