第6話 やさしさの痛み

『試合は両チーム互角というまさに死闘でした。しかし、後半四十六分のアディショナルタイム――』

その言葉を境に、アナウンサーの声が耳に入らなくなった。耳を塞いだわけでも、咄嗟にイヤフォンをつけたわけでもない。完全な無意識下で声が遮断された。きっと、こころがまだその事実に耐えられなかったんだと思う。

「千冬? 冬休みの課題もう出たんでしょ? しかも大量に。この、偉大な美波お姉さまが手伝ってあげようか?」

姉貴はこの先流れてくるであろうニュースの映像を察知して、僕とテレビを結んだ線上に立ちはだかった。姉貴が気を遣ってくれたのはとても嬉しいけど、姉貴は学校でも一目置かれているくらいに美人でスタイルも良い。そのせいで、細い足の間からあの悲劇的なシーンが目に飛び込んできてしまう。


 ――あそこで俺が……


そんな風に考えながらソファーから立ち上がって、

「確かに量は多かったけど、姉貴よりも俺の方が勉強は出来ると思うけど?」

なにも見ていない、感じていない素振りをして余裕な笑顔で姉貴を見る。

「なによ~」

偽りの怒りの感情を柔らかく表情に乗せる姉貴に

「じゃ、そういうことだから勉強してくる」

と薄笑いで言って、俺はリビングを後にした。

「頑張ってね」

姉貴の柔らかい声を背中に聞いて、俺は二階へと続く階段を上り始めた。


 自室の扉を開けて真っ暗な部屋に明かりを灯す。それと同時に浮かび上がってくる壁一面に貼られた、各国の偉大なサッカー選手たちのポスター。今朝までは全選手が輝きを放っていて、全てが魅力的に思えていたのに、今は何にこころを惹かれていたのか、言えばただの紙きれじゃないかとすら思えてしまう。

「勉強するか……」

そんな乏しくなった感情に少し寂しさを感じながら、僕は勉強机と向かい合って課題を始めた。

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