第5話 気遣い

「落ち着いた?」

ひとしきり泣いて、涙が出なくなったとき、姉貴が優しい声でそう聞いてくれた。

「うん……。ごめん、姉貴」

「全然。それより、お母さんが夕飯の支度できたって言ってたよ?」

「うん、それじゃあ行こうか」

僕は、真っ赤に腫れた目を見られないように俯きがちでリビングに入った。そんな憔悴した僕を気遣ってか、両親とも食事中は試合の話を一切しないでいてくれた。

「ごちそうさま」

しっかり感謝の気持ちを込めて手を合わせてから席を立つ。そのままいつもの行動パターン通りにリビングのグレーのソファーに身を預ける。そして、いつも通りにネットニュースでも見ようかとスマホに手を伸ばす。けど、指先がスマホに触れる前に手が止まった。もしスマホを開けば、一番初めにチームメイトからの励ましのメッセージが表示されるかもしれない。もしかしたら、自分達の敗戦の記事が速報としてトップに表示されているかもしれない。そんなのは絶対に見たくなくて、俺は素直に手を体の脇に置いて、ぼんやりとテレビの画面に視線を写した。

『――続いてのニュースです』

轢き逃げ犯がまた捕まっていないという恐ろしいニュースが終わると、いきなりテレビに映っている女性アナウンサーの表情が笑顔に変わり、声色も明るくなった。

『本日、全国高校サッカー選手権、福島代表決定戦が行われました』

今、最も耳に入れたくない話題がテレビからはつらつとした声で聞こえてくる。俺にとってはさっきの轢き逃げ犯の話よりもよっぽど恐ろしいニュース。それを、アナウンサーは明るく楽しそうに話していく。それに耐えられなくなって、こころが苦しくなってきて番組を変えるために黒いリモコンを探すけど、どこにも見当たらない。そうこうしているうちにニュースの原稿は読み進められる。そして――。

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