第4話 姉の声

 家までの二キロくらいの道のり。聞こえてくる足音は二つ。僕のランニングシューズの乾いた足音と、姉貴のローファーの堅苦しい音。

「お、惜しかったね……」

この重たい沈黙に耐え切れなくなった姉貴が口を開いた。

「あぁ、うん……」

僕は俯いたまま、気の抜けた小さな返事をした。

「し、しょうがないよ、あれは。アクシデントだもん」

姉貴はきっと、俺の心の負担を少しでも軽くしようと思ってそう言ってくれたのだろう。だけどその言葉は、鋭利なナイフのようにグサッと心に突き刺さった。

「……」

僕は姉貴のその言葉に一切返事をすることなく、ひとり歩くペースを速めた。

 徐々に姉貴の足音が遠ざかっていく。

「千冬~」

待ってくれと言うような姉貴の声も聞かず、俺は独りで家に入って自室という自分独りだけの空間に逃げ込んだ。

 電気も暖房もついていないこの空間がとても心地よく感じる。僕のこころと全く同じ色と、同じ温度。気を抜けば今にもあふれ出してしまいそうな涙をグッと堪えて、僕は部屋の隅で膝を抱えて、独りで肩を震わせた。


 ――馬鹿野郎! なんであそこでオウンゴールなんかしちゃうんだよ!

 ――先輩たちの最後の大会を、僕が終わらせたんだ……


こころに溜まっていくのは、どれも自分を責めるような、自分を苦しめるような言葉ばかり。その悲観的な言葉は僕の"再始動"へと導く地図をメラメラと焼き尽くしていき、ついにはどの道が正解なのか、どこに向かうべきなのか、さっぱり分からなくなってしまった。

「サッカーなんて……。サッカーなんてやめてやる!」

中学最後の大会でもらった、最優秀選手賞の楯を怒りの感情のまま、フローリングに叩きつけようとしたその時、

「やめな」

と、俺の右手ががっしりと掴まれた。

「千冬。落ち着きなさい」

姉貴の少し低くて柔らかい声にそう言われ、右腕の力を緩め楯を元の位置に戻した。

「千冬。我慢なんかしなくてもいい。泣きな」

姉貴の優しい声は、僕の冷え切った心を温めるように、弱った心を守るように、そっと寄り添ってくれた。そんな姉貴に抱き寄せられた時、僕の口から声にならない嗚咽が小さく漏れた。

「うん。いいよ、我慢しなくても……。たまには泣いたっていいんだよ」

姉貴は僕の涙がおさまるまで、僕の心が落ち着くまで、ずっと僕のそばに寄り添って、何も言わずにただ頷いていてくれた。

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