第3話 絶望

 二年以下の俺達は、三年の先輩方を残し一足先にロッカールームを出た。屋外の冷たい空気を吸い込むと、一気に呼吸が苦しくなる。

 ――もういっそ、このまま肺を凍り付かせて僕を殺してくれ……

僕は冷え切った心の中で、切にそう願った。

「橋本。早くバス乗れ」

「……すみません」

新キャプテンの鮫島先輩に言われ、チームのバスに乗り込んだ。

 バスの車内。そこにはロッカールームとよく似た空気が流れている。

 バスの鈍いエンジン音。

 ベンチコートが擦れるカサカサという音。

 時おり聞こえてくる小さな溜息。

生まれるすべての音が鮮明に聞こえてくるほど、車内は静けさに包まれている。そんな車内で、誰一人として言葉を放とうとしない。いや、放てないのだ。この張りつめた空気が今のこのチームには相応しくて、挫折を受け入れるための大切な時間なのだ。

 だけど、それを分からない阿呆が車内にたった一人だけいた。

「みなさん! 元気出しましょうよ!」

そいつは、この空気の中で死灰復然しかいふくねんの声を発した。そんな場違いな奴は、同じ一年の宮坂葵みやさかあおい。このサッカー部のマネージャーだ。僕の彼女の印象は天真爛漫、自由奔放、元気溌剌。そんな元気で明るい四字熟語がよく似合う、鬱陶しい女子という感じだ。

「葵ちゃん。今はそういう雰囲気じゃ……」

そんな宮坂を制止するのは、先輩マネージャーであり、僕の実の姉である橋本美波だ。

「でも……」

そう零して悲しそうに座る宮坂の顔が目に入る。


 僕のせいで負けた……


はっきりと形を持ったその言葉が、僕の胸に深く刻み込まれる。少し視線を動かすと、全員が下を向いている。そんな重苦しい空気が、みんなの無言が、僕を強く、強く責めているように思えてならない……。

 そんな空気が解消されることはないまま、バスは正門の前で停車した。

「じ、じゃあ練習は明日から行う」

鮫島先輩の少し緊張気味に揺らいだ声を聞いて、「解散」の声に誰一人として返事をすることなく、各々の帰路についた。

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