根生逃走!

@shinri7282

雑草

私は雑草! この土壌に生きる善良なミドリの民だ。我々は根を伸ばし、葉のひらを広げ、日光に向かって育ち、この広き土壌に仲間を増やすことを生きがいとしている。

ある日私は、どの雑草よりも繁殖を、つまり仲間を増やす能力を誰よりも早く行うできるようになった! これは日々努力を重ねてきた私に、神がミドリの民の救世主になるよう力を与えてくださったに違いない。

 昔はミドリの民が土壌の全てに生息していたのだが、今ではかなり数が減ってしまったらしい。いや、今もなお減り続けているのだ。このままではミドリの民が全滅してしまうのは間違いないのだろう。だからこそ、今私は行動しなければいけないのだ!

 今私がいる場所はえーと……何と言うんだろう。突飛な様子で可笑しい場所ではない。これといった特徴が少ないからである。自然に作られた物でないものがよく見えるし、珍しいミドリの民がいるわけでない。でも、あからさまに土壌が丸見えの場所がある。そこを私が救世主としての活躍の第一歩としよう。

 さて、早速繁殖をしていこう。こうずずっと根を伸ばして……


ずももも…… ふさぁ ずももも…… ふさぁ


 ふむ、良い調子だ。普通は1週間かかる量の繫殖を10秒で行うことができた。いいだろういいだろう。繫殖したばかりの者たちと意思疎通はできないが、生存本能は一緒だからな。このまま置いて行ってしまうがすくすくと育ってくれ。このまま順調に、む、この音は!


「あ~あ。またこんなに雑草が生えている。引っこ抜かなきゃな」


あれは……我々の天敵のひとつ、『ヒト』とか言う謎の生き物! あいつらは、根が2本しかないのに土壌を素早く動きまくるうえに、強く絡みつく葉で我々を土壌から連れ去る雑草殺しだ! 因みに、『ヒト』という名前は我々が付けた名前ではない。あいつらが互いにそう呼び合っていたのだ。まずい、早く逃げなければ!

「よいしょっ」

ああ仲間たちがぁ! くそう! そらみろ。片っ端から我々を土壌からひっぺ返さえている! これでは我々は全滅してしまう。早く逃げて、繁殖しなければ!


「めんどくせぇ」


まずいまずい! もう半分も仲間を攫われてしまった。おのれヒトめぇ! ミドリの民に仇なすものよー! 何か、何か打開策はないものか。む、この透明で空を写しだす液体は……おおこれは! 『雨生液』だ! 雨生液とは、我々の生命維持にとても必要なえきたいである。これがないと我々は生きていけぬのだ。ゆっくり、ゆっくり根から吸いあげる時間は至福そのもの。しかし今は時間が惜しい。早急に吸わなければ。

ズズズズズ……。

ぷはぁっ! 美味い! 心なしか『雨生液』のおかげか根の動きが良くなった気がする。

よし、ここで奥義を発動させよう! 茎を大きく揺するのだ。ぶんぶん揺らし、先端に溜まった花粉を広範囲に広げる。するとどうだ、花粉が根付いた所からミドリの民が増えていく。仲間たちが増えていくぞ~。そして、うまいことにヒトを取り囲むように繁殖させることができた。ここでヒトの近くで丸い円になるよう隙間を埋めて囲め! そしてそして、喰らうがいい!

「うわ! 何だよこれ!」

早くなるのと同時に身に着けたこの必殺技、急・成・長! 一気に茎葉を伸ばすことでヒトの根に絡みつくのだ。それなりの数で絡むうえに少し茎が太くなるからな。そう簡単にほどけまい。ミドリの民の恐ろしさを思い知るがいい、ヒトよ。

よし、時間稼ぎができた。今のうち繁殖するのだ。


ずももも…… ふさぁ ずももも…… ふさぁ


そこそこ遠くに来たな。最初にいた場所はミドリの民が少なかったが、ここはさまざまな種族のミドリの民がいる。花、樹木、蔓……もっと細かく分けることができるが、それぐらい周りが緑色で埋め尽くされている。だがしかし、ヒトが荒らした後なのかミドリの民がいないスペースがいるハゲ残しがないようしっかり繫殖させていこう。


 ブン   ブン


嫌な音がする。そして近くで動いてるものの気配がする。我々よりも小さいが数がかなりいる。これだけで判る。我々の天敵のひとつ『ムシ』だ!

ムシは我々を食料としている。あいつらはヒトとは違って食べるスピードは遅いが、時によっては木を覆いつくしてしまう程に群がって襲ってくるのだ! キモチワルイ! そんな量で襲われたらたまったもんじゃない! 少しでも早く繫殖して仲間を増やさなければ。

え、何故ヒトと違って増やすことを手段にしているかって? それには理由がある。一定量の仲間を食べるとその場から離れていくのだ。やつらは無限に食べれるわけではないようだ。前から生えて者から聞いたり、私のそばでそれを見たことあるから間違いはない。だから、心苦しいことではあるが仲間を犠牲にして私は逃げなくてはいけないのだ。


 がじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじ


 無駄なく繁殖を。他のミドリの民とぶつかっている暇などない。


がじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじ


 まだか。まだ終わらないのか。ムシの数も増えてきた気がする。

がじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじがじ


 うっ……。早く終わってくれっ!


がじがじがじがじがじ……


……満足したか。ふう、これで一息つける。犠牲になった仲間たちよ、すまぬ、許してくれ。しかしムシも厄介なものだ。天敵のひとつと言えども、ミドリの民の中にはムシが手助けすることによって繁殖できる種族もいる。すべてを嫌う事はできないのだよな。……それでもさっき会ったムシは私たちを食べたから敵だ。さあ繫殖の続きといこう。逃げているうちに新たなミドリの民が少ない所に来たようだ。これは繫殖しがいがありそうだ。


ずももも…… ふさぁ ずももも…… ふさぁ


……何か変だな。段々と呼吸しづらくなってきた。疲れたのだろうか。む、遠くに見えるのは――ヒトだ! まさか私を狙って追って来たのか? 逃げなくては、って、あれ?

「火事だぁ!」

ヒトが音を発しているが、どういう意味なのかさっぱりわからない。そしてそのままどこかへ行ってしまった。私を追ってきたのではないのか。ひとまずは安心……いや、やっぱり何か起きている!

呼吸が更に苦しくなってきた。しかも葉も茎もチリチリと水分をどこかに持っていかれる。

あちちち。あちっあち! 何なんだこれはぁ! 紅い壁が遠くから迫ってきている! まさかこれは伝説の『ホノオ』というやつか!

ある時土壌を侵略し、瞬く間にミドリの民を消し去ったという、ヒトもムシも恐れる怪物だと言われている。この壁があの怪物か! 本当に恐ろしい! そう言っている間にも仲間がどんどん消えていく! どうにかして逃げなければ!

ん、何だこの土壌……いや、土壌なのか? 硬すぎて根が広げられない! 隙間を探せばなんとかなるかもしれないがそれでもこの熱の塊から逃げるには時間が足りなさすぎる! ここで、万事休すか……。


“そこの者、聞こえますか?”


 誰だ? もしかして、そこの松族のものか。


“はいそうです。私です”


松族というのは『樹木』と分類される中の呼ぶミドリの民の1種だ。今私の傍にいる者はとても立派に聳え立っていて、話す雰囲気から若さを感じたが、芯のある強さを秘めている気がした。


“お願いします。わたしに力を貸してくれませんか?”


 何だと。この状況で貴方に力を貸すだと? どうしてそうしなければならないのだ。


“わたしならそこの固い土壌……ヒトは『アスファルト』と呼んでいるようですね。そのアスファルトを壊すことができるでしょう。しかし、それを実行するための力が足りないのです”


あの固い土壌を壊してくれるのだな。それは助かる! 理解した。して、一体何をすればいいと言うのだ?


“あそこにある雨生液を、私に届けてくれませんか? わたしはこの場から動けないので”


見れば松族の方が意識を向けた方向に雨生液が確かにある。お安い御用だ。ホノオが迫りくる中で素早く動けるのは私しかいない! お待ちください。すぐに吸って戻ってきますので。


“ありがとうございます”


 私はすぐに動いた。話している間にもホノオが着々と私たちに近づいている。一刻も早くこの場から逃げなくては。雨生液はちょっと細い道の先にあるが、別に問題はない。

 よし、雨生液のところまで来たぞ。こうずずっと吸って、これを私の力に変えないよう気をつけて、と。

帰るのは少し大変だ、私が繁殖させた仲間の合間を抜けていかないといけないのだから。ぶつかると少しペースを落としてしまうが、物分かりの分かる奴らだ。私を通らせてくれる。雑草は助け合いが肝心!

さて着いたぞ。松族の貴方、お飲みください。今根から雨生液を明け渡しますので。


“ごくごく……ぷはぁ! ありがとうございます。これで、私は、うおおおお!”


わ、わああああ! 松族の根がアスファルトをどんどん掘り返している! 根が通った後は土壌が現れ、逃げ道ができたぞ! これは凄い! ってあっつ! もうここまでホノオの怪物が来たのか! 早速にげ――ああっ! 松族の貴方、枝にホノオがぁ!


“……元からわたしはここから動けない。こうなる運命だったのです……。それでも最後にあなたの役に立ててよかった……。ホノオはしばらくわたしを燃やすことに集中するでしょう。わたしが時間を稼ぎます。どうぞ早く、お行きなさい”


 ああ、ああ……なんてことだ! すみません。貴方から頂いた恩、決して忘れません!

私は後ろから伝わってくる悲痛な叫びに葉を引っ張られながらも、ホノオの壁から脱出した。


“……時間が過ぎたら、また、この地に、来てくれ、ませんか? きっとわたしが、土壌に、栄養を残、し、ミドリの民、が、繁殖、しやすい、場所に……なって、いるでしょう。どうか……それまで……ご無事で……”


*   *   *  


 ここまで逃げてこれれば大丈夫だろう。その道中でもだいぶ繫殖できたと思う。しかし悲しいことにまだミドリの民がいない場所がたくさんある。ここより土壌が固い場所、雨生液が蒸発しやすい場所、敵がいっぱいいる場所、他にも繫殖が困難な場所もあるだろう。

 松族のあの方の様に、怖い思いをして消えていったミドリの民ためにも頑張らなくては。私はくじけない! 私は神に任されたのだ、ミドリの民の救世主になることを! 


ミドリの民に栄光あれ!

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