EP02 チートスキルで無双したい
「どれも雀の涙にも満たない舐めた賃金……。ってかさ、私たちが異世界から訪れてるってのに、なんか雑な扱いだよね?」
「珍しくないんでしょ。定期的に訪れるらしいわ」
「そんなぁ……。はぁ、もっと讃えてほしいよ。チートスキルで無双したり、え? ただの初級魔法使っただけですけど私なんかしちゃいました? ってとぼけた顔してマウント取りたい……」
レイは拳を振り上げながら、私の膝枕の上で顔を揺らして喚いた。さらさら靡く髪の感触が心地よく、乱れてもすぐにまとまるレイの髪質に見とれてしまう。指で梳かすとまるでそよ風が通り抜けるみたいで堪らない。
「稼げそうな仕事は、やっぱあれしかなさそう……」
「え、見つけたの? いつの間に?」
「その~~あれです、体を売る感じで」
「あぁ」
町で出くわした馬車を思い出した――。
騒がしい音楽が響き渡り、祭りが始まったのかとその音の下に向かった。すると、一台の巨大な馬車がゆっくり走っている。音の発生源はその馬車だった。魔法なのか知らないけど派手な装飾が施され、カワイイ女の子が描かれた外観、耳に残る棒読みっぽい歌声が延々とループする。……元の世界でも同じような光景を見たことがある、と二人でゲンナリした。
「なんで異世界にもあるんだよ!」
「私たちの世界から伝わったのかしら?」
「いや、異世界発祥かも。……でも、なんか懐かしいよね、サクラに身売りされそうになったことを思い出します」
レイは「はぁぁ……」と重々しいため息混じりに言う。
「だから、知らなかったの」
「にっこり笑顔でさ、ほら電話したらいいじゃないって、スマホ差し出すのちょ~~~恐かった。こいつサイコパスの才能あるじゃん! ってマジで感激した」
――元の世界で例のトラックを見かけた時に、レイがくまたん(レイが好むゆるキャラ)のグッズにかける金が無いと喚いていたので、バイトしたらいいじゃない、と私がそのトラックに記されていた番号をスマホに打ち込んで促した。レイは青ざめてドン引きしたので、慌てて調べてみたら――。
「その話はもう終わり」
「S・A・K・U・R・A、サクラ!」
「辞めろ」
「サ~クラ、サクラ、サクラは――」
レイの歌声なのに、その楽曲はあまり好きになれないわ……。レイの口を枕で塞ぎながら「もがあぁぁ!!」、午前中の間、二人で町を探索したことを思い返す。
定食屋や雑貨など、色々なお店を巡って求人について確認したけど、どれもこれもブラック企業も真っ青な低賃金しか示さず、二人で途方に暮れた。半日以上歩き続けたことで何だか疲れ、宿屋に戻るとベッドの上でうだうだと時間を潰していた。
──元の世界だったら、こうして何気なくレイと過ごす時間は至高の喜びなのに、このままじゃ私たち生きていけない……、というプレッシャーから満足に楽しめない。わしゃわしゃとレイの髪を弄っていると、枕を押しのけてレイは口を開く。
「やっぱり……やるしかないよ」
「何を? 体売るの? 私には無理だから……。レイ一人で頑張りなさいよ。大丈夫、サポートはするから」
「違う。ってか止めろ! 私がやる前提で話進めるな」
「冗談よ」
「ひぃ、冗談の感覚が薄い……」レイは私の太股を撫でながら言う。まるで私に触れていれば思考を読めると言わんばかりに。太股を走るピリピリした感触がぞわっと背筋まで這い上がる。
「で、何をやるの?」
「クエスト」
ぽつりとレイが口にする。私はその言葉で外を見やり、大剣を背負う屈強な戦士や、杖を携えた魔術師の姿を見つめながら「私たちが?」と敢えて確認する。
「だってお金を稼ぐにはそれしかないっぽい……」
それは薄々感じていた。
私たちが転移したこの町にはギルドがあり、それを中心に人が集まっている。クエストによってはしばらくは遊んで暮らせそうなほどの報酬も貰える。というか、明らかにギルドに入り、クエストでお金を稼ぐ、という道筋ができすぎている。他に稼ぐ手段は、私たちのような転生者には無い気がした。
「でも、私たちは普通の女子高校生なのよ。チートスキルだって持っていない普通の女の子。冒険できるわけがないでしょう」
「わかる」
でも、しばらく考えたところで他に解決策は見つからない。スマホはあるけど、インターネットにつながらないから、検索することすらできない。仕方なく、とりあえずこの宿屋の管理人さんを訪ねることにした。
★☆★☆
「めっちゃ市役所」
「ね」
「小さい頃、お母さんと一緒に訪れたの思い出すよ」
管理人さんから、ギルドに登録するには地下で申請が必要だと案内された。いきなりギルドの話に困惑し、他に仕事が無いか一応確認するも、泥うさぎ退治は伝えた通り来年で、それ以外に私たちに任せられる仕事は皆無とのことだった。諦めてギルドに入れ、冒険者になりなさい、となんだか圧が強い。
地下に向かうと、そこはまるで元の世界の市役所のような雰囲気だった。やや薄暗い明かりにじめっとした独特の匂い、空気が固定されているような静けさに緊張してしまう。
「ねぇ、見てよ」レイが指さす先には、私たちと同じように順番待ちの人がいた。
「あんな長い剣持ってる人が、律儀に長椅子に座って待ってる。すげぇアンバランス」
「ちょっと、聞こえるから」でも確かに……。
「あっちにはスーツっぽい服装の人もいるね。背中に弓がついてるけど」
「えぇ。……でも、本当に異世界なのかしら」
「そうだよ、剣とか弓を持っていたら銃刀法違反で捕まる。コスプレ大会にしては本物感が凄いし。やれやれ、サクラいい加減認めなさい。私たちはくまたんを追いかけて異世界に迷い込んでしまったのだ」
「順応早い」
「ま、現代っ子だから! 伊達に異世界モノ読んでないから」
そういえば、レイは一時期くまたんの小説を書いてWeb小説サイトに投稿すると息巻き、官能小説からライトノベルなど参考に色々読んでいた気がする。でも自分で書けず、流行りのAIを使って書いていた。しかも、投稿した小説はお下品すぎる「えっちすぎる、だ!」と警告を受けて消されたんだけど。
私たちが異世界――剣と魔法が存在するような世界に訪れた、まだ信じられない。未だに私たちを騙すための盛大なドッキリだと願う私がいる。でも一向にプラカードを持った人は現れない。
ピーン!
と音が鳴った。私たちの名前が呼ばれたので受付の下まで向かうと――。
――また出た!
「また出た」
「言わないの」
「サクラだって思ったじゃん」
「口には出してないわよ……あっ」
デスクを挟んだ向こう側には、管理人さんが座っていた。
女性。
身長は170センチくらい。
外見上は20後半くらいに思えるけど、雰囲気からもっと年上な気がする。無造作に伸びた髪と目の下のクマがなぜかこの人にはしっくりくる。よく見ると綺麗な顔をしているのに、大きな瞳と口元は常にふにゃっとした笑みを浮かべているようで、少しだけ不気味。
「こいつ不気味とか思ってますよ」と都度レイは報告する。
「思ってない、思ってませんから!」レイの脇腹を小突く。管理人さんは先ほど上の階で会った時のようにひっひっひと不気味に笑った。よかった気にしてない「また不気味って!」「手を、離して」
――その時、管理人さんの目尻にうるうると雫が貯まっていることに気づく。
え?
と思った瞬間、それはするっと頬を滑って堕ちた。
泣いている……。
「ちょ、サクラ~! ダメでしょ、人を傷つけるようなこと言って」
「言ってないし」
「思って」
「思ってもないし」
「とにかく謝りなさい。ほら、ごめんなさいって」
「……ごめんなさい」
突如泣き始めた管理人さんに呆然としながらも、私たちは謝りながら椅子に腰を下ろした。
★☆★☆
// 続く
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