EP01 VS 泥うさぎ

「サクラ、そっちにも隠れてる!」

「了解」

「ぎゃっ! 今度は隣の畑にも侵入し始めた!」

「こいつ……ちょこまかと!」

「ひぃぃぃ、なにあれなにあれなにあれ! でかすぎる。コイツらのボスだよ」


 ずんっ──。

 私はスコップを地面に突き刺すと、首にかけていたタオルで額の汗を拭う。

 早朝。

 青みがかった空を眺めた後、迫りくる黒々とした大群をぼぉっと眺める。数が多い。まるで黒い絨毯が広がってくるようで絶望する。

 減らない。むしろ増えてるじゃない。


「サクラ! コイツら無限に湧くよ」

「そうね……」

「おいサーボーるーなー。働け働け!」

「……レイ」

「ん?」

「騒いでるけど、あんたも途中から実況してるだけじゃない。口ばかり動かしてないで手伝いなさいよ」

「だって~もう腕が上がらねぇよぉ」


 レイはスコップを引きずる感じでよたよた歩く。すると辺りに散らばっていた魔獣「泥うさぎ」がレイの足に纏わり付くように集まり始めた。


「異様に折れ曲がった耳と泥んこだらけなところを除けばぱっとみ愛くるしい、かも」

「顔が険し過ぎる」眉間に皺が寄った感じで、小動物的な愛嬌が、無い。

「確かに……あれ、待ってなんか私の足に滅茶苦茶集まってくる。何、懐いてるの? 死闘の末、ついに私をマスターとして認めてくれたのか?」

「んなわけないでしょ! 管理人さんの話聴いてなかったの?」


 足元に集まった泥うさぎ達はレイの足にせっせと泥を塗りたくり、身動きを封じようと懸命に襲っていることにレイは気づいた。


「え、ぎゃあ!? サクラサクラサクラ! やばいって、ねぇ……わ、私の足が埋まってます! 足が、動かないっ!!」

「泥うさぎは獲物を見つけると、体表から分泌した粘液を泥に混ぜ合わせ、獲物にこすり付けて動きを封じ、身動きの取れなくなった獲物に襲い掛かる」

「冷静に解説しないで~~! やばい私食われる、いや~~~!!!!」


 私はレイの足元に纏わり付く泥うさぎをスコップでパコパコと叩いた。

 泥うさぎはピギピギと弱々しい悲鳴を残して散る。

 レイの足は既に足首まで泥に覆われていた。この泥には微量ながらエーテルが混ざっているので、単純な力で脱出するのは相当大変だとか。こんな小動物にそんな力が? と疑っていたけど、両足がすっぽり泥に埋まってぶんぶん手を振りながら呻いているレイを見るに嘘ではないらしい。


「ホントに足が抜けないですぅ……助けてぇ~」

「スコップで叩きなさい」

「あ、そっか!」


 レイはスコップでカン! と足の泥を叩くと簡単に崩れ落ちた。

 ──私達に手渡されたこのスコップには、対泥うさぎ用の術式が組み込まれているらしく、先程のように軽く叩けば泥うさぎは脱兎のごとく、いや、文字通り脱兎する。泥も同じく簡単に崩すことが可能だった。


「あぶねぇ。こんなスライム以下の超初級レベル──魔獣とは思えない”動物”に敗北するところだった……」

「そうよ、こんなところでゲームオーバーにならないで」

「はぁい。……ねぇ、どんどん増えてない? ボスだと思ったでっかいのも三匹くらいおるよ」

「あれ大きいだけでしょ。動きスローだからすぐ追いつけるし。さ、まだまだ来るわよ」

「うぇぇ……もう無理なんですけどぉ。私の腕と足と首とその他色々なパーツが勘弁してくださいって悲鳴上げてる」

「私もよ」

「はぁ……サクラさんがこんなの楽勝っスよ! って安請け合い……うっそで~~す★ はい、わたしくしちゃんが畑の作物を奪いに来るクソ雑魚うさぎを返り討ちにする? 余裕ですわ! って二つ返事で了承したんです。今は後悔&謝罪の念でいっぱいです。だから怖い目で睨まないで……」

「ま、私もここまでキツイとは思わなかったけど」

「でっしょ~! ってかさ、私たちは……ついこの前まで、一般的な普通のどこにでもいるありきたりで平々凡々な……”女子高校生”だったんだよ。こんな……魔獣を追い払う肉体労働なんかできてたまるかっ!!」


 レイの真っ当な抗議は薄暗い空に吸い込まれるように消えた。

 泥うさぎ達は何故か再びレイを襲い始めた。レイは足に纏わり付く泥うさぎをスコップで引き剥がしながら「もぉやだぁ~~~~!!」と可愛く悲鳴を上げて逃げている。


 私はため息をつき、隣の畑に入り込んだ泥うさぎを追いかける。

 追いかけながら、先程のレイの言葉が脳裏を掠める。


 女

 子

 高

 校

 生


 ……そうよ、

 ……そうなのよ、

 ……私達は普通の女子高校生だった。剣と魔法の存在しない世界に住み、物語にもなり得ないような普遍的な生活を送っていた。


 しかし、今私達が存在するこの世界は、剣と魔法が当たり前のように使え、魔獣やモンスターが人々を脅かす──所謂”異世界”、だった。


☆★☆★


「おつかれさま。おや、予想以上に頑張ってくれたようだね」

「結構荒らされてしまいましたけど……」


 数時間後、泥うさぎに荒らされまくった畑の隅で私はうずくまり、レイは膝まで泥に埋まっていると、管理人さんが近寄ってきた。


「あれ、伝えていないのかい? 畑に残した作物は使い物にならないクズ。泥うさぎ共を誘い出す餌だよ、餌」

「襲ってきたんじゃなくて、誘い出した……」

「奴らの体に纏わりついた泥を畑に混ぜることで上質な土になる。ただ、穴ばかり作られたり移住されると困るんでね、君達に適度に追い払うようお願いしたんだ」

「……レイ?」


 私はぐるんと首を回してレイを睨む。「ピギ……」と泥うさぎみたいな悲鳴をレイは上げた。


「なんか弱い魔獣が来るから全部やっつけろ! ってところで了解です! って出てきちゃった」

「人の話は最後まで聞きなさい人の話は最後まで聞きなさい人の話は最後まで聞きなさい!」

「はいはいはい!」

「まぁまぁ二人共。とにかく人手が欲しかったから大変助かった。これは報酬だよ」


 10万EN

 ──この世界の通貨はENらしい。イーエヌと読む。いやエンでしょ、と内心つっこむ。

 

「え、そ……そんなに貰っていいんですか?」レイがぴょんと跳ねて驚く。

「本来はもっと多くの冒険者に声をかける予定だったからね。まぁ頑張ったご褒美」

「管理人さん……ありがとうございます!」


 レイは両手でその紙幣を受け取り、私には渡さずポケットに隠すようにねじ込んだ。


「で、え~~っと、これで借金の方は……」レイはおずおずと聞いた。

「そうだね、君達には計100万ENほど貸してるから、今返すかい?」

「……残り、90万ENになるわけですね」

「まぁすぐにとは言わないから。気長に待ってる」

「今日のアルバイト、次もやりますよ」


 私がそう伝えた瞬間、レイがなぁに言っとるんじゃい! と驚愕した顔で私を睨んだ。睨んだ顔も可愛いってホント反則。


「頼みたいのは山々だが、次はまぁ来年だろうねぇ。一度泥うさぎを追い払うと一年は怯えて山に消えてしまう。おっと時間だ時間だ……」


 ひっひっひ、と管理人さんは薄気味悪い笑みを漏らしながら私達の前から消えた。


「た、助かった。あと9回も今日のバイトやるのは絶対無理だよ」

「でも借金返せるじゃない」

「気長に待ってるって言ってたし」

「あのね、借金がある間は、それを理由に私達をこき使うつもりよ。利子だってつくし……」

「そうかなぁ。あ、でも確かに今回私に話しかけてきたのも、借金あるよね、それ減らさない? って感じで誘われた……」


 私達は疲労で鉛のように重たい体をどうにか引きずるようにして宿屋に戻った。

 自動ドアを開き、即座にシャワールームに入る。

 近代的を通り越して、未来的な清潔感と一通り揃った設備。でも、管理費や仲介手数料、維持費諸々込みで100万ENも借金させられたのは騙された気がする。まぁ、この異世界に訪れて、右も左もわからなかった私達に選択肢はなかったのだけど。


「一緒に入る?」

「えぇ、水道代もったいないし」

「……そうだね」


 レイが何か言いたげな顔をする。上半身裸になるけど、露出した胸をさっと隠す。いや別にレイの裸を見れるから一緒に入ろうと提案したわけじゃないわよ。もうそれなりの回数見ているし、まぁ胸の形や腰のくびれやお尻の丸みとか凄く魅力的で凄まじいプロポーションに毎回見惚れるけど別にそんな気にしないし──。


 私達はシャワーを浴びて泥と汗を洗い流すと、ベッドに向かった。

 ──シングルベッド、だ。

 元の世界ではよく互いの家に泊まり合い、シングルベッドで一緒に寝ていた。だからそう……気にする必要ないのよ。むしろシングルベッドの方が、狭くて逃げ場が無いのでレイの体触り放題。


 私達は同時にベッドに倒れ込んだ。

 ぐるっとレイは回転して、私を抱きしめる。


「疲れた~。もう一歩も動けない。働く辛さを思い知ったよ。もう働きたくない」

「……借金はまだまだある。家賃もお給料から払って、他にも食費とか諸々……。数ヶ月も持たないわ」

「サクラ、次の仕事見つけてね。私は今回見つけたから。交代制だ」

「そんな余裕無いでしょ。二人で探してすぐに次を見つけないと」

「ってか異世界でアルバイトなんてそう簡単に見つかるのかな? ここ、なんかちょっと危ない感じするし」


 レイの言う通り、街の雰囲気は妙に荒れてる気がするけど。武装して顔に傷が残っていたり、怪しげな雰囲気のマントを被っていたり、まるで、そう──冒険者、だ。


「それにさぁ、この宿屋…冒険者ギルド用、でしょ」

「そうね」

「やっぱり、冒険するしかないのかな……。冒険して、クエストをこなす」

「私達が?」

「うん……。ほら最近のJKは殺し屋もしてるんだよ。異世界転生して冒険して魔王くらい倒せるよ……きっと」


 レイは私の胸元に顔を寄せ、はぁ……と息を漏らす。

 生暖かい吐息を感じながら、私も睡魔に落ちていく。

 そうね、明日……。

 明日、から……考え……よう。


 いつの間にか、レイと手を握り合っていた。いつものことだけど。レイの素肌は妙に寒くて、触れるとピリピリする。

 むず痒い、けどクセになる感覚。

 微睡みに混じりながら、私の中に侵入してくる気分。


 私の胸の中に埋まっていくレイを感じながら、レイの頭部に頬を当て、ゆっくりと息を吸い込む。宿屋に備え付けのシャンプーの匂いは気に食わないけど、じわっと滲むレイの匂いは大好き。匂いだけじゃない、レイの全てが好き、好き、好き……。

 一瞬だけ、レイが震えた? 気の所為?


 この異世界に訪れ、私達の常識全てが一瞬で崩壊した中で、レイの感触だけが私を留めてくれる。


☆★☆★


// 続く

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