第16話 私に隠していること、ありますよね?
* * * * *
またあの夢だ。
戦場で、ルビに魔力供給をする夢。
なんであんな夢を見るのだろう。その原因が、自分が失った記憶にあるのだとしたら。
いや、そもそもどうして記憶がないのだろう。記憶操作の術があるのだろうか。洗脳するようなものはあっても、記憶操作とまでいえるかどうか怪しい気はする。
そうなると心因性のもの、か。
強いショックが原因だったとして、人の生き死ににさえ鈍感な私が記憶を失うほど衝撃を受けることがなんなのかよくわからない。
一体何があったのだろう。
その答えを、私の伴侶であるルビは知っている気がする。
帰宅した。事件が起きてから三日が経っていた。
無事に、と言えるのかよくわからないけれど、自宅に戻れてとてもホッとした。ここは私の家なのだな、と思う。実家でもなく、一年前まで住んでいた独身寮でもなく、ここが紛れもなく私の家だ。
玄関の鍵をかけるなり私は大きく伸びをした。
「お疲れ」
「ルビさんもお疲れ様でした。特別休暇ももらえたし、少しゆっくりしましょう」
「そうだな」
ルビは短く答えて、肩を鳴らす。それなりに疲れがたまっているようだ。
「あの……一緒にお風呂、入ります?」
「誘いなら、乗る」
「誘いといいますか、体調管理の一環ですよ。身体を診ておいた方がよさそうな気がして」
長時間の激しい戦闘の後に思いがけず長旅になった。鉱物人形も疲労するはずだ。
私が真面目に答えると、ルビは苦笑した。
「そういう話だろうな、とは思ってはいたが――」
不意に私の顔に手を伸ばし、顎を持ち上げてきた。
――なんの真似だろう?
急に誘惑するような表情を浮かべてくる。ふだんは消しているらしい色気が漂ってきたような。
――これは、よそのルビがする表情に似てるな?
こういう顔も彼はできたんだな、なんて観察してしまう。美形がやると決まるなあなんてのんきなことを考えていたら、ルビが口を開いた。
「今、君がほしいと思った」
「魔力が、の間違いではなく?」
顎を固定されているので首を傾げることはできず、目を瞬かせる。
何を言っているんだ、の気持ちだ。過労だろうか。酷使したなあとは思っていたが。
「まあ、俺が君にこだわるのは、その魔力に惹かれているからだろうし、否定はできない」
「じゃあ、魔力供給の口づけくらいならしてもいいですよ?」
回復が必要であっても、オパールの護送中だったので控えていた。オパールがいちいちからかってくるのが面倒だったのだ。
「その提案は嬉しいが、わりと君が乱れる姿を見たいと思っている」
ふっと笑う。見慣れない顔。
でも、この熱っぽい視線を私は知っている。彼の赤い瞳に情慾の炎が宿るのがわかった。
「ルビさん、性欲、ちゃんとあったんですねえ」
「襲われそうになってるのに、ずいぶんと悠長な態度だな。嫌なんだろ、そういう目で見られることも」
「他人からそう見られるのは嫌ですけど、ルビさんは伴侶ですし、嫌じゃないので」
素直に思ったままを答えると、ルビが戸惑うように目を瞬かせた。
「……嫌じゃないのか」
驚くところ、そこだったのか。
私は微笑む。
「ええ、不思議と。それに、初めてじゃない気がするんですよね」
私はルビの顔に手を伸ばす。目元にかかる前髪を避けて、じっと彼の目を見つめた。
やっぱり綺麗な色だな。
「そりゃあ初めてではないからな」
「それ、どういうことなのか、説明していただきたいんですけど」
「なら、思い出させてやるよ。また記憶が跳ぶかもしれないが、俺が責任を取るから」
「んんっ?」
私の手をそっと退かして、ルビは私に口づけをした。唇を喰まれて、私は招くように少しだけ唇を緩めた。彼の舌が入り込む。
「……ぁっ、やっ」
激しく動き回る舌に驚いて逃げようとしたところを、腰を引き寄せられて喉の奥に舌が差し込まれる。息苦しさを感じていたのも束の間、全身がびくりと動いて力が入らなくなった。じんと痺れたようになっている。
――何をされたの?
術ではないことはわかる。触れられただけだ。身体が熱い。
「ルビさん……」
「先に風呂かと思ったが、悪いな」
ひょいと軽く私を横抱きにし、寝室に運ばれる。ベッドの中央にほいっと置かれたかと思えば、私の上にルビがまたがった。
「あ、あの」
「嫌なら全力で抵抗していい。君に壊されるなら本望だ」
唇を唇で塞がれる。言葉は全て飲み込まれた。
舌を絡めたまま、服が丁寧に脱がされていく。抵抗はしなかったが、協力をしているつもりもないのに裸にされていくのが不思議だ。
そもそも、ここに帰ってくるまで着たままだった戦闘服は、現場での運用の都合上着脱しやすいデザインなので、作りさえ把握していれば容易く脱がせるのだけども。
「……ルビ」
「ん?」
私を脱がし終えると、彼も脱ぎ始める。彼の服も簡単に脱げるようになっているので、私の上にいたままですぐに全裸になれた。
久しぶりに彼の全身を見たような気がする。上半身くらいなら、同じ部屋で着替えることも多いから見慣れているのだけども。
下腹部のほうに自然と目がいって、私はふと気づいた。
「大丈夫ですか?」
「なにが?」
「無理に私を抱こうとしている気がして」
「……そんなことはないが」
なぜ言い淀んだのだろう。
それで私は少し冷静になった。
一応私は成人した女性であるし、自分の身体を慰めるために身につけた知識はある。ちなみに異性にも同性にも性的欲求を抱かない傾向にある私であるが、行為に興味がなかったわけではない。魔力の補給を目的として、行為についての最低限の知識はあるのだ。
どういうわけか周囲からは私には性知識がないと誤解されていた気がするが。
私はじっとルビの顔を見た。
「ひょっとして、なんですけど」
「なんだ?」
「ルビさん、私に隠していること、ありますよね? だから、結婚した後も私を抱けなかった――違いますか?」
ルビの目が泳いだ。
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