最終話 私の秘め事、彼の隠し事

「抱けなかったんじゃない、抱かないと決めていただけだ。君が嫌がるといけないから」

「白い結婚を望んだのは私ですし、それを律儀に守っていただけたことには感謝しているんですけど、それにしては違和感があったんですよね。《ルビ》なのに、私が振った性的な話題も避けるから」

「同位体は同位体だからな。俺とは別の個体だ。関係ないだろ」

「さんざん仕事先でああいう煽られ方してきたんですよ? 私がノイローゼ気味になるくらい、ルビは性欲が強くて技術があるって聞かされてきたわけです。オパールさんもそういう認識だったのに、あなたは違う。個体差にしても、極端なんですよ」

「それは君を大事にしたいからだ。そういう気持ちがあっても不思議じゃないだろう?」


 私はゆっくりと首を横に振った。


「大事にしたいと考えてくださったことを否定するつもりはないんですが、それはたぶん建前なのだろうって思うんですよね」

「なんで」

「もうちょっとで私、思い出せそうなんですよ」

「何を?」

「私があなたを襲った日のこと」


 足を動かす。その反動で上体を起こし、状況を飲み込めていないルビの身体を横に倒す。瞬時に彼の上に私は乗った。

 形成逆転である。


「……油断しすぎでは?」

「む……そうだな」


 ルビが不貞腐れたように横を向いた。格好がつかないとでも考えているのだろうか。ちょっと可愛い。


「私、自分の本性を知らないわけじゃないんですよ、ルビさん。興奮すると手におえなくなるのは、戦闘中だけでなく、こういう性的なことでもそうなんですって」

「なんだ、覚えていたのかよ」

「覚えてないですよ。興奮状態だと、私、記憶が跳んじゃうみたいなんで。止めてくれたオパールさんがこの仕事を始めた頃に教えてくれました」


 そうだ。だから気をつけるように、八割くらいの力でやりくりしろって言われていたんだ。

 私を働かせすぎないために、特殊強襲部隊行きを止められていたんだ。ハイになったら記憶が跳ぶし、なにをするかわからないから。

 やっと繋がってきた。

 どうして忘れているんだろう。興奮しすぎじゃなかろうか。

 ルビが降伏の表情になっている。


「ああ、そういう……」

「よっぽど、気持ちよかったんでしょうね。あなたを抱いて、記憶跳ばしちゃうなんて」


 私が顔を覗き込むようにすると、ルビは逃げた。


「……そういうことなんだろうな」

「で。また記憶が跳んでも、ルビさんが責任取ってくださるんでしたっけ?」

「そのつもりでいるが……」

「なら、隠し事も明かしちゃってください。都合よく忘れておくので」


 ルビの耳元で囁いて、首筋に吸いつく。ルビがビクッと震えたのがすぐにわかった。気持ちがいいようだ。


「拷問かよ……。そもそも俺を襲うな」

「私、こっちの方が好きなんですよね」

「知ってる」


 私が襲った日のことをルビが覚えているのであれば。知っているのは当然だ。


「――なあ。君は俺を選んだこと、後悔していないのか?」

「どうしてです?」


 ペタペタと身体を触り始めた私に、ルビはおとなしく問いかけてきた。ちなみに触診のつもりなので、この行為に性的な意味合いは薄い。


 ――うんうん。肌のハリはいい感じだし、問題なさそうね。筋肉の状態も悪くないし。


「こういうことになったのは、あのとき俺がうっかり君に接触してしまったからにすぎない。俺は代替可能な鉱物人形だ。君を守って壊れるのは悪くない。人間は死んだら終わりだが、俺は精霊使いが魔力を込めてくれればこの姿に戻れる。記憶もある程度引き継いだ状態で。それを知っていたから、俺は君を咄嗟に庇った」

「あの夢は、現実にあったことなんですね」

「たぶんな」


 私はふぅと息を吐きだす。

 どの程度夢の話をしたか忘れてしまったが、戦場でピンチになった夢をよく見るのだとは言っている。仲間がたくさんいなくなった――あれは夢ではなく現実。


「私は合理的な判断をしてあなたに魔力をわけただけです。そのおかげでこうして戻ってこられたんでしょう? いいじゃないですか、それで」

「だが、そのせいでオパールと君を引き離すことになったんじゃないか」


 気にしてくれていたのだな、と思った。

 確かに私はルビにオパールの話をよくしてきたし、顔を合わせたときの接触も多い。それは元パートナーだからだし、異性としてオパールを見ていなかったからだ。身長はあれど童顔で愛らしい姿は女装が似合う造形でもある。私は彼を同性の同僚に近い気持ちで接してきたのだ。


 ――オパールさんは私と同じ気持ちじゃなかったみたいだけど。


 彼の気持ちを聞いて驚きはしたが、やはり私は自分の伴侶はルビだと思えてしまったのだから、オパールとはこういうことはできないのだろうと悟った。

 私は返事を考える。


「――魔力が混じると魔物になるなら、こうするのがいいでしょうからね」

「でもそれなら、君はオパールと日常的に魔力の交換をしてきたのだから、俺とは――」

「そんな緊急事態は一回だけですから。私、強いんですよ? それに、私には精霊使いの技術があるので回復には粘膜接触は不要なんです。時間が経てば私の魔力回復量のほうが上回るので、鉱物人形からの魔力は薄れますし、平気なはず。問題ないです」


 ルビの腕の確認を終えて、腰に触れる。ルビがビクッと震えた。くすぐったかったのだろうか。


「そうだろうか」

「それが理由で私を襲おうとしなかった、というわけでもないんですよね」

「なにが言いたい?」


 私は彼の腹筋の辺りを撫でる。細身の体なのに腹筋が綺麗に割れている。異常はない。触られて緊張したのか、硬くなったのが愛おしかった。


「私に襲われて、勃たなくなったんじゃないかなって」

「…………」


 この状況で、彼は勃っていない。

 私が誘惑をしていないのだから、その気がなくてもおかしくはないのだけれど、もう少し反応があってもいいような気はする。ルビが抱くと言ってベッドに連れてきたわけだし。

 黙っているので、私は確認を続ける。


「勃たない《ルビ》って、自分のアイデンティティに関わるから知られたくなかったんだろうなって」

「《ルビ》は性具じゃない」

「いや、まあ、対魔物のために生み出された戦力のはずですけど」


 性交渉の相手に選ばれることは多いようだが、ルビのいうことはもっともだ。戦力であり、もっと神聖なものであるはずだ。鉱物人形の魂は精霊であると定義されているくらいなんだから。


「……俺は元から、性的なことが苦手だ。そういうことを期待されることも、嫌だ。穢らわしいくらいに思っている」

「変わってますね」

「そういう個体がいてもいいだろ。身体を動かせば発散できるし、制御できる。欲求さえ満たせれば相手は誰でもいいとか、気持ち悪い」

「ほほう……」


 そう答えて、ルビはむすっとした。

 仕事がらルビについて煽られることが多かったが、私が苛立つ以上にルビも不機嫌だったことを思い出す。あれはパフォーマンスではなく、本当に嫌がっていたんだな。


「君は俺と同じかと思ったが、違うみたいだな」

「そうですね。私の場合、潔癖という訳ではなくて、そういう気分になりにくいだけ、でしょうか。期待に応えられないから避けるようにしているというか。――ああ、まあ、他人から探られるのは面白くないですよね。個人的なことじゃないですか」

「そうだな」

「だから、私はあなたと一緒にいてすごく気が楽でしたよ。たぶん、オパールさんが伴侶になっていたら、こうはならなかったから。私に触れていい大義名分を手に入れたら、遠慮がなくなると思うんですよねぇ」

「だな。制御する自信がなかったんだろうな、とは想像がつく」


 私たちは頷き合って、笑った。


「――さて、どうしましょうか。触れ合って寝るだけにしておきます? あまり張り切っちゃうと、私の記憶が跳んじゃうんで、ここでやめてもいいですよ」


 その気がないなら、その気がないなりのことをすればいいと思った。私はルビとは身体だけの関係にはなりたくない。


「いや」


 ほいっと転がされて、上下が入れ替わった。


「俺が俺の体の使い方を思い出せそうだから、付き合ってくれないか? 嫌ならここで終わりでいい」


 ルビのキラキラとした瞳を見ていると、断りたくないなと思えた。

 私は微笑む。


「いいですよ。でも、私が上です」


 えいっと勢いでルビを転がし、上に乗ると口づけをした。


「こら、また記憶を跳ばすぞ」

「責任取ってくれるって言ったじゃないですか。私、あなたの身体のこと、もっと知りたい」

「はぁ……わかったわかった。好きにしろ」

「ふふ。私、ルビさん好きですよ」

「落ち着いたときに、もう一度告白してほしい」

「じゃあ、記憶を跳ばさないようにしないといけませんね」


 そう応えて、私から深い口づけをした。



《終わり》

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伴侶より戦場にトキメク私は変ですか⁉︎ 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

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