私の隠し事、彼の秘め事

第15話 ちゃんと夫婦をしているのか?

 * * * * *



 事後処理班と合流して検分を行い、任務から解放されたのはすっかり日が暮れたあとだった。転移装置が壊れている都合で、事故現場から近い街で足止めである。まさか今日中に家に帰れないとは。

 協会がお金をドンと出してくれたおかげで、私たちはそこそこ広い快適な部屋に案内された。よい部屋だと説明されたが自宅より狭いあたり、自分がいかに裕福な暮らしをしているのかに気付かされる。福利厚生は思っていたよりちゃんとしていたようだ。


「――疲れた」

「さっさと休んでいいぞ。朝はちゃんと起こすから」


 荷物を片付けて、戦闘服の上着を脱ぐ。ルビがそれを受け取って掛けてくれた。私に任せたままだとその辺に転がりっぱなしになるから、率先してルビが運んでくれるようになったのだ。ありがたい。


「でも、ベッドひとつだけじゃないですか、いつもより狭いし」

「そこは君が使えばいい。俺はどうせあれを監視していないといけないからな」


 ルビが示した先には、特殊な縄で腕を縛られた状態のオパールがいた。血まみれだった戦闘服から着替えさせられているので、今は制服姿である。

 ちなみに彼の戦闘服は証拠品として事後処理班が持っていった。


「まあ、そうなんだけど」


 オパールは自首した。パートナーを守れず、状況を悪化させた原因は自分にあると。どうしてそんなことをしたのかについては詳細は語らず。とはいえ、検分結果からはオパールの供述と一致する証拠がいくつもあがるので、協会の法に則って裁かれることが決まった。

 で。

 護送任務を私たちが引き受けることになったのである。

 仲がいいのは知っているのだから逃しちゃうかも知れませんよって言ったものの、「君たちは絶対にしない」と言い切られて押し付けられ、今に至る。


「ふたりともしっかり休んでくれて構わないぜ? オレはおとなしくしてるからさ」

「そうもいかないだろ」


 服をしまいながらあきれた様子でルビが返す。


「なんなら、イチャイチャしてもらってもいいぞ? 君らがちゃんと夫婦をしてるのかどうか、調べるように言われてるんだ。報告したら刑を軽くしてやるってさ」

「あー、なんかそんなこと言われてましたね」


 事後処理班のお偉い人がオパールに何か言っているのを見かけたので、術をこっそり使って聞き取ったのだった。なんとも下世話なことで。


「そういうのを調査できる人材がいないからちょうどいいだろうってな。ま、確かにオレほど都合がいい相手はいないだろ」

「ふむ。見せつければいいのか?」


 からかうように明るくふざけた調子で言うオパールに、真顔でルビが尋ねた。


「ルビさん、まともに相手をしたら負けですよ」

「そうは言うが、な。君の魔力がまた不安定になってるし、手当てをしたほうがいい」


 ――う……気づかれてる。


 ルビの指摘はもっともだ。そわそわと落ち着かないので、疲れていても眠れないやつである。

 私が黙ると、ルビがこちらに近づいてきた。


「……手当てって、何するつもりです?」

「こうする」


 この前みたいに抱きしめるだけかと身構えたが、思った感じと違う動きだ。ルビの手が私の頬を撫でると、顔が近づいてきた。


「へっ?」


 唇が重なる。驚いている間に舌が侵入して絡め取られた。


「んっ、ふぅっ」


 混乱している。対応できないうちに押し倒された。

 手慣れているのはルビという鉱物人形の仕様ゆえだろうか。

 意外と心地がよくて、私は目を閉じる。視覚情報が消えると、身体の感覚がより鋭くなった。


 ――嫌じゃない……


 夢で何度も経験したルビとの口付け。それと同じかそれ以上に気持ちがいい。ゾクゾクとする。


「……素直だな」


 唇が離れた。

 私の呼吸は乱れている。恥ずかしすぎてルビを見ることが出来ず、腕で顔を隠した。


「……嫌じゃないから」

「そうか。俺も、好きだ」


 ルビは私に好きだとよく告げる。人間の恋愛感情とは違うのだろうと彼は言うけれど、そもそも普通の恋愛感情がよくわからない私からしてみれば、そんなことはどうでもいいことだ。

 ルビは私を好いている。それは嘘偽りない気持ちだ。

 ルビが私の耳元に唇を寄せた。


「続きは家でゆっくりしよう」


 囁かれて、私はこくこくと頷く。オパールに見せつけておくためなのだろうけれど、こんなのはずるい。まだ心臓はバクバクと激しく運動しているし、全身が熱くてたまらない。ただの口づけのはずなのに。


「――あんたはこれで報告できそうか?」


 ルビはいつものお仕事のテンションで、起き上がるなりオパールに言い放った。


「お、おう。このまままぐわうんじゃないかって、一瞬期待した……君、仕事なら、女も抱くんだろ?」

「さすがに見せつけるのはここまでだがな」

「ルビってやっぱすごいんだな……」

「オパールだって遊ぶときは遊んでいるんじゃないのか?」

「否定しないが、オレは彼女に本気だった」

「……そうか」


 私が動けないのがわかったのか、ルビは私を横抱きにしてベッドに下ろしてくれる。


 ――ルビさんは仕事でならそういうことができるんだな……いや、私もたぶん、そういう選択をするんだろうけど。


 感情で動くわけじゃない。私たちにとって、肌を合わせることは仕事と同義なのだ。必要だったらするし、必要ないからしないだけ。


 ――でも、なんか靄るな。


 ルビに煽られてその気になってしまったのだろうか。彼は別にそういうつもりはなかった、それが不満なのだろうか。

 私がじっとルビを無言で見つめると、彼は苦笑した。


「なんだ、オパールに見せてもいいなら、期待に応えてやらんでもないぞ。そのほうが、あいつのためになるかもしれないし」

「報告ができるから?」

「気持ちの問題だ」


 ルビはそう答えて、私の次の質問を口づけで奪った。


「んんん……」


 抵抗しようとした私の手はあっさり捕まえられてまとめて枕に押しつけられる。


「や、そんなにされたら、だめ」

「今日は本当に素直だな」


 残念そうな声。ルビはきっとこれ以上のことはしない。


「だが、もう眠ったほうがいい。家に帰ったら、ちゃんと――」

「ルビさん。一緒に家に帰りましょうね」


 この仕事は、一緒に家を出ても一緒に戻って来られるとは限らない仕事だ。今さら、なぜかそれを強く意識した。


 ――私は、ルビさんと一緒に生きたいんだな。


 私がニコッと笑うと、ルビははにかんだように笑った。


「当然だろ」

「……おやすみなさい」


 眠い、と思ったときには意識を手放していた。

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