第14話 彼の絶望と協会の秘密

「君が特殊強襲部隊に貸し出されている間に、魔物化が起こる条件を掴めてきた。精霊使いに複数の鉱物人形が魔力を与えると魔物になりやすい――その可能性が高いと判断した協会は、ここで再現実験をしていた」

「ここって……ここ、ですか」


 私は前方に見える半壊した施設を指さす。

 オパールは神妙な顔で頷いた。


「ええ……」

「保護した女精霊使いと交わった鉱物人形をここでまぐわうように仕向けて、魔物がどう生まれるのか観察しようとしたんだな」

「いやいや、まさか」

「オレはそれを告発しようとした」


 そう告げて、オパールは腕組みをすると心底不満そうな顔をした。


「相棒に止められて揉めて、まあそこに運悪く魔物が割り込んできて、こういう状態になっちまって」


 左腕をぷらんぷらんと揺らす。利き腕ではなかったにせよ、皮一枚でかろうじて繋がった腕での戦闘は難しいだろう。相棒が死んでしまっては、回復も容易ではない。


「万が一のことが起きたら、信用できる君たちにすべて託そうと思っていたから、今話ができてよかったわけだけど」


 盛大に息を吐き出すと、オパールは私をじっと見つめた。


「――オレはそういう研究をコソコソやっているってのが気に食わない。結婚させたのも、表向きは複数の鉱物人形との交わりを倫理的な観点から止めるためではあるんだろうが、どの程度の交流があれば魔力が安定するのかあるいは不安定になるのかを観察するのに都合がいいからさせているんだろう」


 オパールの指摘に、私は思い出したことがあって頷いた。


「あー、たしかに毎月報告書を書かされていますけど、あれってそういう目的だったんですね」

「毎月記録を漁られるのは反乱分子を洗い出すためかと思っていたが、アレってそういう……」


 協会もいろいろ考えているようだ。

 あきれたといった様子でオパールが笑う。


「君たちは本当に真面目だな……。だから協会にいいように利用されているんだろうが」

「そこは持ちつ持たれつですよ。私は私の魔力を放出させる場を提供してもらっているので。この仕事してなくて日常的に術を使ってたら捕まっちゃいますし、それこそ実験台行きでしょう?」


 国のもとで正しく使うこと以外で術を使えば罰せられる。ライセンス制を設けているのは、国にあだなす者をあぶり出すためだろう。

 協会で仕事をすることは、私自身の立場を守るためでもある。だから両親は私が職員試験を受けることを認めたのだ。


「それはそうだな」

「私はこの仕事が続けられればいいんですよ」

「君はそう言うだろうが、協会は望んでいない」

「んん?」


 オパールは懐から拳大の魔鉱石を取り出すと、私に投げて寄越した。


「これは?」

「オレの一部分。まあ、もしものことが起きたときの予備だ。君なら起動できるだろ」

「なんでそんな縁起でもないもの寄越すんですか……オパールさんを複製したくないんですけど」


 鉱物人形は身体の核になれる程度の魔鉱石を取り出すことができれば、複製できる。その際に一部の記憶がコピーされるという特性がある。人員の確保や戦闘経験の累積を期待して、戦場でバラバラになった鉱物人形を回収して再度生み出すこともあるのではあるが。


「君が精霊使いに転職するときにでも使ってやってくれ。――で、なんでそんなものを渡したのかっていうと、君も魔物化実験の対象に選ばれていたからだ。そういう、複製用のから鉱物人形を呼んで、それで精霊使いを犯す……まあ、同位体の魔力なら問題がないのかを検証しようって話だな」

「うわぁ……いや、でもですね。私が戦場にいたほうが都合がいいんじゃないかと思うんですよ、成績も落ちていないはずですし」

「さっき自分で言っていたじゃないか、毎月の報告書。新婚なのに性交渉がなくて、仕事で必要に応じてのそれもないとあったら、もう一つの任務は未達になる」

「ええええええ」


 聞いてないし。

 だったら、子を成せと命じておけばよかったじゃないか、と思った。

 一応、人間と鉱物人形との間には子供ができる。人間ではないし、ハーフでもないのだけど。魔力が混ざり合い、その余剰分が鉱物人形として生を受ける。

 子供だとわかるのは、鉱物人形の形質をそのまま受け継ぐのではなく、容姿は人間側によく似るからだ。鉱物人形はベースになる鉱物があって、そのベースごとに容姿や能力が異なるので同位体には差がほとんどないのが常である。子供との違いは明白だ。


「それで、強制させようと?」

「そういう話が進んでいた」


 私は頭を抱える。そして唸った。


「いや、まあ、うわぁ、って思いはしましたけど、私は仕事であるなら、まあ、うん、受け入れることを選んだと思いますよ? 仕事じゃあ仕方がないって、クジ引きで結婚しましたからね、私」

「別にオレは君のことだけを想って動いたわけじゃない。この施設の実験内容を知って、やめさせるために調査していたら、君の話が出ていることに気づいただけだ」

「――で、その話を聞かせて、道連れにしようって?」


 静かに聞いていたルビが尋ねた。

 オパールがニコッと笑う。


「そんなところだ。告発も何も、施設がこれじゃあ、しばらくは実験停止だろうけどなあ」

「はぁ……」


 ルビは面倒臭そうにため息をつく。頭をかいて、私に視線を向けた。


「君はどうする? オパールに始末書を書かせて、知らんぷりしておくか?」

「まあ、それでいいんじゃないですか? オパールさんが好きなようにされたらいいかと」

「冷たいんじゃないか、オレと君たちの仲じゃないか」


 私たちが適当に話を流すと、オパールが拗ねた。

 私は肩を竦めてオパールを見る。


「処分はしないでほしいって言っておくつもりではありますが、不慮の事故とはいえ、職員が亡くなっていますからね。次のパートナーも決まりにくいでしょうし、謹慎という名の封印処分になるんじゃないですかね」

「そうだろうなあ」

「私にはルビがいますから、オパールさんを引き取ることはできないですよ」

「そうだろうなあ……」

「そろそろ、術も切れるし、事後処理班からの連絡も来ると思います。腹括ってください」


 なかなか心を決めかねているようなオパールにきっぱり告げると、彼は項垂れた。


「ああ、わかったよ。自分の身の振り方は自分で決めるさ」

「はいはい、そうしろ」


 事後処理班からの通信。次の行動についての指示が出る。

 休めるまであと少しだ。

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