第3話 特殊魔物対策部保護管理課の業務内容は私にとってちょっと退屈

 * * * * *



 複数の鉱物人形と交わることによって精霊使いの魔力が歪み、魔物に変わることがわかったのはここ数年の話だ。

 詳しいメカニズムについてはまだまだ調査中のため、精霊管理協会所属の対策部署でしか情報は共有されていない。法度として精霊使いのライセンス取得時に《多数の鉱物人形と交わってはならない》と学ぶ程度で、理由は説明していないのだった。

 精霊管理協会・特殊魔物対策部保護管理課に所属している私の仕事は、ヒトの道を外れかかった精霊使いを見つけ出し、状態を判定した上で協会施設に収容を要請することである。送られた精霊使いたちは協会の施設で魔力の浄化を行うと聞いている。


 ――ヤりすぎると魔物堕ちするぞって脅せばいいのに。


 私は正直なところ、協会のこのやり方については文句がある。

 とはいえ、魔物の出現率が増加傾向にあることと精霊使いのなり手にも限界があることなどから伏せて運用するのがよいとなった。

 その妥協案が鉱物人形との婚姻制度だ。

 今のところ、複数の鉱物人形と交わるのが魔物化の一因ではあるが、一対一であれば互いの能力を引き上げる強力な切り札になり得ることがわかっている。それゆえに、《婚姻制度》という形でパートナーを決めることにしたのだ。

 しかしまあ、調査をしていると、思いのほか鉱物人形たちと関係を持つ者が多いこと多いこと。魔力の安定や強化のため、必要があって交わったまではよかったものの、その快楽に抗えずに落ちていってしまう。

 だから、私は鉱物人形とは関係を持たないと決めている。





「――本日の任務終了っと!」


 報告書と明日以降の調査計画書の記入がやっと終わった。手首と背中が痛い。私は椅子に座ったまま大きく伸びをする。戦闘が減った代わりに事務作業が増えて、肩まわりが凝り固まっている。


「終わったか。帰るぞ」


 契約上の旦那であるルビが退屈そうに声をかけてきた。事務もできる彼はすでに仕事を終えていたらしかった。


「待ってる必要はなかったのに」


 先に帰って家の仕事を片付けておいてくれても――とは思ったが、夕食は職場で終えてしまったし、風呂の支度なら遠隔でもお湯は張れる。掃除洗濯は朝のうちに終えるようにしているので、先に帰ってもらうメリットはあまりない。


「さみしいことを言うな。俺たちは夫婦じゃないのか?」

「クジで決めただけの仮初の夫婦でしょ」

「クジなら運命的だと思うが」

「運命的、ね……。愛なんてないのに」


 私がため息混じりに返せば、ルビは私と向き合うように肩に手を置いて真面目な顔をした。


「愛と言えないかもしれないが、少なくとも俺は君を好いている。そもそも結婚は愛情がすべてではない。共同で経済活動を行うのに便利な契約だ。互いの利益が最大になるように振る舞う理由として愛情を挙げることが多いから、結婚をするんだろう?」

「そういうルビの理屈っぽいところ、私は好きですよ。価値観が違いすぎたら、共同生活なんてできませんし」


 共同生活を行う相手としては申し分ない。

 勤務態度は始終真面目。言い回しが少々理屈っぽいのだが、話が通じないわけではない。同位体のルビの基本的な性格と一致しているようには思えないが、彼はちょっと天然ボケな部分があるような気がする。

 そんな彼のいいところは、一緒にいても疲れないところだろう。ほうっておいても自分でなんでもできるし、構ってほしいという気配を出してくることもない。付かず離れずのちょうどいい関係でいてくれる。結婚を面倒だと思っていた私にはとても都合のいい相手だった。


「それならいいんだ」


 差し出されたルビの手をいつものように拒んで、私たちは歩き出す。

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