結婚までのエトセトラ

第4話 それは一年前のこと

 * * * * *



 一年前のことだ。

 精霊使いの魔物化についての政府報告会にて、特殊魔物対策部保護管理課に命じられたのは結婚だった。


「え、おっしゃる意味がわからないんですけど」


 プライベートに口出しされることになるとは思っていなかった私は、うっかり大きな声で発言していた。

 偉い御役人の方々が咳をする。

 私はしまったとは思ったものの、いっそうのこと開き直ることにした。


「結婚しろって? おかしいでしょ。結婚予定のない協会職員は鉱物人形と強制的に結婚って……個人の活動に干渉するのは越権行為じゃないんですかね?」

「女性職員だけでなく、男性職員も鉱物人形との結婚をしてもらうぞ?」

「いやいやいや、論点はそこじゃないですって」


 確かに、男性型とはいえ見目麗しい鉱物人形を伴侶にしたいと言っている男性職員がいることはよく知っているつもりではあるのだけれど。

 御役人は続ける。


「衣食住の保証もする。子どもを作れと言っているわけではない。未婚で生涯を終えるくらいなら、鉱物人形をパートナーとして仕事に励めと言っているのだ」

「そこは個人の自由の部分じゃないですか」


 なおもやり合おうとする私を、同席していたルビが制した。袖を引かれてルビを見やると、彼は私に耳打ちをしてくる。


「――形だけの結婚にしておけばいいんだ。君は最近愚痴っていたではないか、結婚しないのかと実家の圧がうるさいのだと。ここで適当な相手と形だけの婚姻関係を結べば、丸く収まるんじゃないのか?」


 それは一理ある。ぐぬぬとなりつつも、私は椅子に座り直した。


「取り乱してしまい失礼いたしました。……懸念点については後日報告書として提出いたします」


 私が引いたので、話し合いは進められていく。ほぼ内容が決められてしまったこの婚姻制度について、おそらく覆ることはないのだろう。だが、報告書の提出は認められたので不満はあるがヨシとする。





「――特定の恋人はいないんだな」


 会議が終わり、珍しくルビがプライベートについて質問してきた。これまで仕事以外に興味がなさそうな態度で接してきたから意外だ。

 聞き違いかと思ってルビの端正な顔を見つめたが、彼はいたって真面目な顔をしている。


「ええ、まあ」

「恋人を作る気はないのか? 仲のいい鉱物人形はいたよな、オパールとか」

「彼は友だちですよ。向こうも異性として見てないでしょうし」


 聞き違いではなかったようだ。

 自分のことを話す気はなかったのだけれど、ルビがこういう話を振ってくること自体が興味深くてついつい返事をしてしまった。

 異動があり彼と組んで一ヶ月は経つが、仕事以外の話題で喋ったことがあったかどうか怪しい。実家が結婚はしないのかとうるさいのだと愚痴った相手はオパールであって、私が愚痴っていたのをルビが知っているのはたまたまそこに彼が居合わせたからにすぎない。


「む。そうなのか?」

「そうですよ。仕事で何度も組んでいますけど、互いの力量が同等で戦略の選び方が近いからかストレスがないのでそうしているだけで」

「ふむ……」


 彼は何かを思案するような顔をしている。どうしたというのだろう。


「そもそも私、異性にも同性にも興味ないんですよ。だから、恋人を作る気がなくて。友人すら少ないですし。仕事ができればそれでいいというか」


 私は生まれつき魔力量が多く、周囲の魔力も溜め込みやすい。そのため定期的に消費する必要がある。

 この特殊魔物対策部での仕事は危険と隣り合わせではあるが、魔力放出を伴う術を使い放題なので都合がいいのだ。私を私として活かすために、この仕事を辞めるわけにはいかない。


「……そう、なのか?」


 とても驚いたような顔をしている。

 彼は私をどういう人間だと思っているのだろう。鉱物人形の持つ情動が人間とまったく同じだとは思っていないが、この反応は新鮮だ。


「まあそれはそれとして。先ほどの会議では助言をありがとうございました。形だけの結婚は確かに戦略的にアリですね。二十代も半ばときたら、両親も気にしてるんだかうるさくて。同期からも恋愛話はないのかって探られるし。鉱物人形と組んで仕事をしているから、気になるんでしょうね」

「そういうものなのか」


 私の説明にピンとこないようだ。不思議そうな顔をしている。

 私は彼の鼻先に指を向けた。


「ルビさんもすごく美人じゃないですか。きらめく緋色の髪、血の色よりも深い色の瞳もとっても綺麗ですし。一見線が細そうだけれど、そこは鉱物人形ってだけあって力強いですし。素敵だと思いますよ」

「キレイだから気になる、と?」

「目を引くかと。それに、綺麗だと思えるもののそばにいたいって願うのは自然なことじゃないですかね」

「ならば君は俺のそばにいたいと思えるか? キレイだから」


 じっと見つめられる。瞳がキラキラと輝いていて美しい。


「えっと……」

「では、オパールはどうだ? ヤツも綺麗な部類なんだろう?」


 即答できなかったからか、ルビは質問の内容を変えてきた。これはどんな意図のある質問なんだろう。ルビにしてはとても珍しい。


「そうですね……隣にいても困りはしませんが」

「ん? なんだ、オレを呼んだか?」

「あ、オパールさん」


 背後から声をかけられて振り返れば、輝く白い衣装をまとった鉱物人形、オパールが立っていた。片手を上げて挨拶してくれる。

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