第2話 私の大嫌いな任務

 * * * * *



 正直なところ、私はこの任務が大嫌いだ。


「……ふぅん。毛嫌いせずに、あなたも試してみればいいじゃない。鉱物人形が男性型をしているのって、つまりはそういうことでしょう?」


 ニタッと笑んで女精霊使いは調査に訪れた私たちの前ではっきりと言い切った。


 ――またこれか……


 正直、ウンザリである。

 精霊使いに女性が多いのは、使役する鉱物人形たちが美麗な男性の姿を持っているからと言われてはいる。だが、彼らは性交渉を目的として作られたわけではないということは何度でも言いたい。

 精霊使いの仕事は鉱物人形を使役し、瘴気によって変化した魔物を駆逐することである――と私はさっきも懇切丁寧に説明した。ライセンス取得時にも復唱させられる重要な使命だ。

 私が呆れて何も返せずにいると、パートナーである鉱物人形・ルビがわざとらしく咳払いをした。

 女はねっとりとした視線を私の相棒に向け、妖艶に笑む。


「そうそう。ルビもすごくヨかったわよ。そっちの同位体のあなたも私を抱いてみない? 知りたいのよ、他所の鉱物人形がどんな具合、か――」

「言いたいことはそれだけか?」


 ルビは殺気に満ちた目で女精霊使いを睨んだ。


「今をもって、貴様のライセンスは剥奪されることが決まった。鉱物人形たちも解体される。ご苦労だったな」

「え、待って。急に、そんな――」


 宣告を受けて女精霊使いの態度が急変した。狼狽えた彼女は私に助けを求める視線を向けてきたが、私は無視して手続きに入る。宙空に報告用の画面を表示して、必要な情報を入力していく。

 私が相手をしなかったからだろう、女精霊使いはルビに縋りつく。彼のことだからすぐに跳ね除けると思ったのに、珍しくそのままにしていた。


「あなたを愚弄したことは謝るわ。でも、私のライセンスを取り上げないで! みんな大切な仲間なの。ちゃんと任務をこなしていたでしょう!」


 彼女は自分の成果を宙空に表示させて、ルビに見せた。


「ほら、評定も優をくれたじゃない。不正だってしていないわ。見てくれたでしょう? それなのにどうしてよ。鉱物人形と愛を交わすくらい、誰だってしてるじゃない!」


 自分は例外ではないはずだと喚き騒ぐ女精霊使いを、ルビは冷たく見下ろした。


「愛、か。そうだな。愛くらい交わすだろう。だから、協会も鉱物人形との婚姻制度なんてものを作ったのだろうからな」

「だったら」

「貴様は複数の鉱物人形と何度も交わった。その結果が今の姿だ。これ以上は看過できん」


 右目が燃え上がるように赤く発光する。これは彼が怒っている証拠だ。ルビが携えている剣を引き抜こうとするので、私は慌てて女精霊使いに向けて術を発動させた。


「ぎゃあああッ!」


 女精霊使いは絶叫しながら痙攣し、その場で倒れた。

 私は女精霊使いが動かないことを確認して、次の手配に移る。私が仕事に励んでいるのを横目に、ルビは片付けを始めた。


「あのぉ、ルビさん……もうこの仕事辞めたいんですけど」

「へえ……やっと俺と一緒に独立する気になったのか?」

「そうじゃなくて」


 喋りながら手慣れた手続きを終え、次の担当に情報をぶん投げる。これで私の仕事は完了だ。協会に戻って次の調査の準備に入る――のだが、最近の仕事内容に私は辟易していた。

 ルビの作業も終わったらしい。私と向き直り、不思議そうな顔をする。


「なんだ?」

「あなた、よく耐えられますよねえ。鉱物人形との婚姻制度が出来てから、ますます増えてるじゃないですか、これ系の仕事! とりわけルビは気持ちがいいだの、抱かれたい鉱物人形ナンバーワンだの、試しに抱かれてみればいいのにだの、毎度毎度どうして聞かされなきゃいけないんですかっ!」


 いつもそうなのだ。

 ルビと組んで調査をする女精霊使いたちは、こぞって同位体であるルビとの性体験を自慢する。私の相棒が関係を持ったわけじゃないにしても聞いていて気分がいいものではない。

 その上で相棒をベッドに誘おうとしてくるのも面白くない。私のものを取られそうだから嫌だというわけでなく、性的な目でパートナーを見られたこと自体が気持ち悪い。ゾッとする。仕事仲間をそういう目で見てほしくない、少なくとも自分が見ているところでは。


「――生娘だと聞くに耐えないのかもしれないが、概ね事実だからな……」


 ルビは面倒臭そうにため息をついた。


 ――事実……どの辺りが?


 詳細を聞き出したい気持ちがふっと湧いたが、知ってしまったらよろしくない気配を察して口をつぐむ。


「それに、だ。こういった仕事が増えたのは、手遅れになる前に救えるようになったからにすぎない。これまでは感知することができないばかりに放置され、魔物に成り果てていたんだ。婚姻制度を設立したのは協会の慈悲というものだろう?」

「信憑性が薄い……」

「なんだ、複数の鉱物人形に身体を許すようなふしだらな精霊使いは救う価値なしか?」

「そういうつもりはないですけど」


 私は左手の薬指に嵌められたリングを指先でくるくるとまわす。

 この指輪は私と目の前にいるルビとの間で成立している契約の指輪だ。協会が新設した婚姻制度の証である。


「俺たちへの仕事は増えただろうが、救われた命が増えているのも事実。資料には目を通しているんじゃなかったのか?」

「数字だけならいくらでもいじれるじゃない」

「だったら、俺たちが最前線の現場で目にしている通りだな」

「…………」


 転送の準備が始まる。


「――おっと、おふたりさん、今日もなかよく夫婦でお仕事か?」


 同じ部署のオパールが転送装置から飛び出してきた。白を基調とした衣装に虹色の光が混じる様はいつ見ても美しい。


「ああ、オパールさんが引き継ぎなんですね。あとはお任せします。鉱物人形たちは原石に戻してあるので、回収をお願いします」

「おう、任せな」


 いつものようにオパールとハイタッチをする。オパールはルビと組むまで長いこと一緒に仕事をしてきた同僚なのだ。


「戻るぞ」

「はい」


 私はルビに促されるまま、転送装置で協会の施設に戻る。

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