13 元婚約者の破滅・前



 時は、レティシアが婚約破棄された翌週にまで遡る──


 ジャークスは、やってやったとばかりに笑みを浮かべていた。心の底から溢れてくる笑い。自分がハルクフルグ家のため、王国のためにどれだけの功績をあげたのか。周りの人間はこの偉大さに気付き、こぞって褒め称えるだろう。


(ははっ、俺は魔女を追い出した英雄だ……!!)


 レティシア・ランドハルスが魔女である。

 その事実を教えてくれたのは、他でもないイースチナ・レイツェット子爵令嬢だ。

 蜂蜜色の髪に、丸っこくて大きな瞳。十人中十人に可憐だと称され、なおかつ聡い。なにせレティシアが魔女である証拠を取り揃えてくれたのは、イースチナとその両親だ。


 二人が教えてくれた数々の悪行に、耳を疑った。

 あのレティシアがそんなことを? レティシアは大人しく、男の隣で一歩引いて歩くような娘。淑やかで所作が美しく、年齢層が高い貴婦人の茶会に連れていけばみなが口を揃えて絶賛するほど。

 

 そんなレティシアが、婚約者ジャークスがいながら不貞を働いた?


『そうなんです。ジャークス様という素敵な男性がいるのに、レティシア様は、数々の男性をとっかえひっかえしてるんです。あんな純真そうな顔をしているのに、やっぱり魔女だったのですよ』

『信じられない……レティシアがまさか……』

『みーんな知ってるんです。それにレベッカさんだって、レティシア様が不貞を働いた決定的な瞬間を目撃をしてるんですよ』

『そうなのか!?』


 ハルクフルグ家に仕える侍女の一人であるレベッカは、『そうです』とはっきりと首肯してみせた。


『その時のレティシアは、口にするのも憚られるような品のない恰好をしており、多数の男性をまるで下僕のように引き連れて夜の街へと入っていかれました。それを見た私は……怖くなってしまって、すぐにその場から去りました……』

『嘘だろ……』


 我がハルクフルグ公爵家のなかでも、レベッカは忠誠心の厚い侍女の一人。

 そんな彼女が嘘をつくはずがないと思っているジャークスは、隣で極悪に微笑むイースチナに気付いていなかった。


『俺は騙されていたのか……』

『大丈夫。ジャークス様には私がついていますから』

『イースチナ…………君は天使のように可愛いな』

『うふっ。ジャークス様ったら』

『実は前から君の可愛らしさに見惚れていたんだ。あの女レティシアは茶会などの人が他の人間の目があるときはいいが、面と向かい合うとつまらんのだ』

『ジャークス様、嬉しいです……っ!』


 イースチナとの逢瀬を重ねれば重ねるほど、ジャークスの中にある恋心は燃えあがった。困難があると恋は燃えあがる。ロマンス小説ではありがちの展開。ジャークスはどんどんイースチナに夢中になっていった。


『そこで、どうでしょう? レティシア様を魔女として断罪し、イースチナ様を新しく婚約者として迎え入れるのは』


 すべてはここから。

 このレベッカの提案により、忌々しい魔女が追い出され、可憐なイースチナがジャークスの腕に寄りかかっている。

 

(ランドハルス侯爵も狙い通りレティシアを外に出した)


 遥か昔に王女が嫁いでおり、ランドハルス侯爵家には王室の血が入っている。このため、現ランドハルス侯爵は完全なる王室派。建国神話に登場する魔女は邪悪な女だと表立って王室が言っている以上、魔女として断罪された娘を匿う事は侯爵家といえど難しい。


 あの冷徹なランドハルス侯爵のことだ、実の娘を殺してしまっただろうか。あるいは秘密裏に娼婦として身売りされた? どうあれ、生きていてもろくな生活など送れまい。惨めな生活を送っているだろうことは、容易に予想できる。


「ジャークス様、商会の方がお見えになられています」

「分かった、すぐに行こう」

「え、ジャークス様はもうお仕事に行かれちゃうんですか?」


 愛らしいイースチナ。

 仕事に行こうとすれば、寂しそうに眉をひそめるのだ。

 あの魔女ならば、こんな可愛い所なんてあるはずないだろう。


「ああ。すぐに戻って来る」



 ◇



「お待たせしてしまってすまない」

「いえいえこちらこそ、ハルクフルグ次期公爵に直接お品を見ていただけるなんて、光栄のいたりでございます」


 応接室にいたのは、上等そうな服に身を包んだ初老の商人。

 たっぷりと蓄えた顎髭を撫で、値踏みするような目でジャークスを見ている。


 今回、イースチナには内緒で、彼女に似合うドレスをオーダーメイドしようと思っている。

 ハルクフルグ御用達の店でも良かったのだが、良いドレスを作ると噂のロー商会の人間に来てもらった。彼の名前はオルバートといい、商会の元会長。年老いたため会長の座は息子に譲り渡し、いまは一人の商人として気楽に仕事をしているという。


「ロー商会の話は我がハルクフルグ家にも届いております。 あなたのところで取り扱っているドレスは、質も良くデザインも先進的だとか。ぜひ、イースチナの可憐さを引き立てるドレスを作ってくれ」

「もちろん、あなた様が私どもが取引するに値するお客様として、であれば、我々は喜んで最高のドレスをお作りいたしましょう」

 

(相応しい……? 商会は客に選ばれる側だろう、なぜ俺が商会ごときに相応しいかどうか選別される必要がある?)


 商会なんて、お得意様の客がいなければすぐに潰れてしまう。

 いい商会を選ぶのはお客様である自分であって、商会がお客を選ぶなんて馬鹿げている。

 心の中でそう思ったが、相手がルヴォンヒルテ公爵家のお抱え商会ということもあり、無言を貫いた。公爵家同士のパワーバランス的な意味では、王都を魔物の脅威から守っているという名目上でも、歴史の面でも圧倒的にルヴォンヒルテ公爵家のほうが格上。


 元々はかの公爵家に対抗するためランドハルス侯爵令嬢と婚約したのだが、それはまぁ、さておくとして。


(よい品が選べたらいい。向こうだって、俺の事はただの金づるとしか思っていないだろう)


 そうに決まっている。


 その一挙手一投足をオルバートに見られていることに、ジャークスが気付くことはなかった──



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