12 恥じらいと
(なんてことをしてしまったの……!)
翌朝、酔いがすっかり醒めた頃に、私は頭から枕を被って悶絶していた。
酔った勢いとはいえ、ジルクス様の肩に寄りかかって、ふにゃふにゃの顔を晒すなんて!
「いま、とっても幸せなんです」なんて言葉も口走った気がする。
(しかもそれをジルクス様にも聞き返すなんて……)
幸せですか、と聞いて。
幸せだ、と答えられて嬉しくない人がいるだろうか。
嬉しさと羞恥心が溢れかえり、顔から火が出そうだった。
(ジルクス様も、けっこう酔っていらっしゃったわよね……)
私がグラスの2杯目で酔いが回ってしまったのに対し、ジルクス様はワインボトルを一本丸々飲み切っていた。顔は赤くなかったけれども、お酒の匂いが強かったのを思い出す。
(…………あれは夢だったのかしら)
思い出すとまた悶えそうになるので、思い出さないようにしていた記憶。
ジルクス様にありがとうと言われて……。
唇に…………。
あの時の感触を思い出してしまい、私はもう一度頭から枕を被った。
◇
その日は朝から、ジルクス様は涼し気な顔だった。おはよう、なんて普通に言われて、私は混乱するばかり。もしかして覚えていないのでしょうか? いくら酒に強くとも、ワインを一本飲み干したのだ。しかも部下や討伐部隊の仲間と飲んだ後に。
(普通……普通ね。いたって普通だわ)
朝食を食べるジルクス様に、まったく動揺は見られない。
(もしかして本当に夢?)
「昨日のことだが…………、いきなりやってしまってすまなかった」
覚えていらっしゃった。
「よ、酔ってらしたんですよねっ?」
「君と飲む前から酒を飲んでいたからな。たぶん舞い上がっていたんだと思う。……嫌だったか?」
「そんなことは、ありませんでしたけれど」
「そうか」
耳が赤くなるのが分かる。
いつもの調子を取り戻したのか、ジルクス様は口もとに笑みを浮かべている。最後の一口を召し上がられて、私が食器を片付けようと彼に近付くと。
「あまりにも可愛かったから、つい、な。許してくれ」
小さく囁かれた。
「わ、わざと言ってません!?」
「さあ、どうかな?」
クスクス笑うジルクス様は、至極ご満悦な様子。
私は気分を変えるために、食器を片付けてから新聞を取りに向かう。
ポストから取り出したのは、上流階級向けの新聞だ。
事実のみを扱う堅実な新聞社で、社交界から遠のいているジルクス様でも情報の把握に役に立つ。
さらに経済情報や株価の動きまで……あら?
ジャークス・ハルクフルグ次期公爵、ならびに、イースチナ・レイツェット子爵令嬢、魔物に襲われて全治三ヶ月の重症。
(これって……)
私の異変に気付いたジルクス様によって、新聞を取りあげられてしまう。
「気にするな。この男がどうなろうと、レティシアにはもう何の関係もない」
「そうですね……分かりました。気にしないようにします」
眉をひそめるジルクス様。
(私には私の人生があるわ。気にしたら、ジルクス様にも申し訳ないもの)
それ以降、私がジャークス様を思い出すことはなかった。
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