12 恥じらいと




(なんてことをしてしまったの……!)


 翌朝、酔いがすっかり醒めた頃に、私は頭から枕を被って悶絶していた。

 酔った勢いとはいえ、ジルクス様の肩に寄りかかって、ふにゃふにゃの顔を晒すなんて! 

「いま、とっても幸せなんです」なんて言葉も口走った気がする。


(しかもそれをジルクス様にも聞き返すなんて……)


 幸せですか、と聞いて。

 幸せだ、と答えられて嬉しくない人がいるだろうか。

 嬉しさと羞恥心が溢れかえり、顔から火が出そうだった。


(ジルクス様も、けっこう酔っていらっしゃったわよね……)


 私がグラスの2杯目で酔いが回ってしまったのに対し、ジルクス様はワインボトルを一本丸々飲み切っていた。顔は赤くなかったけれども、お酒の匂いが強かったのを思い出す。


(…………あれは夢だったのかしら)


 思い出すとまた悶えそうになるので、思い出さないようにしていた記憶。

 ジルクス様にありがとうと言われて……。

 唇に…………。


 あの時の感触を思い出してしまい、私はもう一度頭から枕を被った。

 




 その日は朝から、ジルクス様は涼し気な顔だった。おはよう、なんて普通に言われて、私は混乱するばかり。もしかして覚えていないのでしょうか? いくら酒に強くとも、ワインを一本飲み干したのだ。しかも部下や討伐部隊の仲間と飲んだ後に。


(普通……普通ね。いたって普通だわ)


 朝食を食べるジルクス様に、まったく動揺は見られない。

 

(もしかして本当に夢?)


「昨日のことだが…………、いきなりやってしまってすまなかった」


 覚えていらっしゃった。

 

「よ、酔ってらしたんですよねっ?」

「君と飲む前から酒を飲んでいたからな。たぶん舞い上がっていたんだと思う。……嫌だったか?」

「そんなことは、ありませんでしたけれど」

「そうか」


 耳が赤くなるのが分かる。

 いつもの調子を取り戻したのか、ジルクス様は口もとに笑みを浮かべている。最後の一口を召し上がられて、私が食器を片付けようと彼に近付くと。


「あまりにも可愛かったから、つい、な。許してくれ」


 小さく囁かれた。


「わ、わざと言ってません!?」

「さあ、どうかな?」


 クスクス笑うジルクス様は、至極ご満悦な様子。

 私は気分を変えるために、食器を片付けてから新聞を取りに向かう。

 

 ポストから取り出したのは、上流階級向けの新聞だ。

 事実のみを扱う堅実な新聞社で、社交界から遠のいているジルクス様でも情報の把握に役に立つ。


 さらに経済情報や株価の動きまで……あら?



 ジャークス・ハルクフルグ次期公爵、ならびに、イースチナ・レイツェット子爵令嬢、魔物に襲われて全治三ヶ月の重症。

 



(これって……)


 私の異変に気付いたジルクス様によって、新聞を取りあげられてしまう。


「気にするな。この男がどうなろうと、レティシアにはもう何の関係もない」

「そうですね……分かりました。気にしないようにします」


 眉をひそめるジルクス様。

 

(私には私の人生があるわ。気にしたら、ジルクス様にも申し訳ないもの)


 それ以降、私がジャークス様を思い出すことはなかった。



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