11 お酒・後




 体が熱くて、頭がぽわぽわする。

 あまりお酒は得意ではないけれど、上機嫌なジルクス様につられて、ついお酒が進んでしまった。魔物討伐がどうだったか、どんな魔物がいて、ジルクス様がどんな活躍をされたのか。ジルクス様の部下の話などなど……。


(ジルクス様……本当に部下思いなのですね……)


 しきりに部下たちのことを褒めている。

 部下思いの、良き上司なのだろう。


「しまったな、少し飲ませ過ぎたか? レティシア、大丈夫か?」


 ジルクス様は私の顔を心配そうに覗き込んできた。頬に手を添えられて、少しびっくりする。


「は、い。まだなんとか……」

「無理はするな。気持ち悪くなったら言いなさい」


 ジルクス様は酔いが回っているのか、そのまま私の銀髪を手で遊び始めた。くるくる、と指を巻きつけたり、離したり。大きな手に頭を撫でられるたびに、不思議な心地よさが広がっていく。こんな感覚、生まれて初めて……。

 

(あ。…………眠く、なってきちゃった)


 ほわっとあくびを一つ。

 目の前にいるジルクス様が、クスクスと笑っている。


「酔ったら眠くなる性質たちか?」

「はい……でも、大丈夫です。私は侍女で……頑張って起き……ますから」

「今は無礼講と言っただろう? 毎日レティシアは頑張っているからな、今日は俺が肩を貸してやろう」

「でも……」


 ジルクス様の手が、私の体を引き寄せる。

 彼の体はとても大きくて、温かくて。

 

「ジルクス様…………」

「なんだ?」


 お酒も入って、酔いも回って、温かい人に優しい言葉をかけられて。

 私はつい、思ったことを口にしてしまう。


「いま、とっても幸せなんです」

「そうか………」

「ジルクス様は、幸せですか」

「今までに感じたことがないほどの、幸せを感じている」


 かぁあ……と、頬が赤くなるのが分かる。

 この体勢で本当に良かった。

 顔をジルクス様に見られたくない。酔いが回って、だらしなく表情が緩んでいるだろう。こんな顔を見られるのは恥ずかしい。

 

(私はただの侍女なのに……)


 ジルクス様のことを考えないようにすればするほど、ジルクス様の顔が目に浮かぶ。冴え冴えとした切れ長の目元、キリリとあがった凛々しい眉、蠱惑的な唇。

 

 ジルクス様のお声は、人によっては冷たく感じるらしい。けれど私にとっては、耳に心地よく、安心できる声だった。


「レティシア」

「はい……」

 

 名前を呼ばれると、どうしようもなく嬉しくなってしまう。


「俺は昔から、人を信用していなかった。銀髪だというだけで指をさされたこともあるし、中には笑ってくるものもいる。もちろん皆がみな、そうではないことくらい分かっているがな」


 その気持ちは、痛いほど分かる。

 生まれ持った髪で、お母様と同じ色で大好きだったはずの髪なのに、銀髪が嫌いになったこともある。


 でも私には、私を認めてくれる侍女たちや、お父様がいた。


「俺の家族に銀髪はいない。何代も前の公爵の近親者には銀髪がいたらしいがな」

「ルヴォンヒルテ公爵が黒髪ですよね」

「ああ。突然血が濃く出た、なんて話をされたが、俺にとってはいい迷惑だった。不義の子だと疑われたこともある。使用人はみな疑心暗鬼の目で俺を見てくるし、ほとんど辞めていった。この先、決して使用人をつけるものかとずっと思っていた」


 ジルクス様は、私の顔を見つめてきた。

 恥ずかしくなって、私は顔を手で覆ってしまう。


「レティシアだけだ。俺のそばにいてくれたのは」


 顔を隠していた手が、ジルクス様によって動かされてしまう。優しい光を宿した灰簾石タンザナイトの瞳が、私を見つめる。


「ありがとう」


 ちゅっ、と軽いリップ音が鳴る。

 私の唇からジルクス様のお顔が離れていくのを、私は呆けた顔で見ていた。



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