05 初めてのお仕事


 ジルクス様から仰せつかった初の仕事は、ジルクス様の書斎の整理だった。

 

(…………使用人がいないとこうなるのね)


 あちらこちらに書類や本が散乱し、部屋は足の踏み場もない。

 魔物の調査のため家にいることは少なく、帰ったらベッドで眠るだけの生活をしているという。周りに人の目がないため、確かにこうなってしまうのは当然だろう。


 別荘には定期便で野菜などの備蓄品を運んでいる。

 服なども、本家からやってくる使用人が毎日のように来て、新しい物と交換しているという。古い物は別の場所で洗濯しているらしい。


(お部屋の片づけをしましょう)


 散乱している本を見てみる。

 本の種類は魔物に関するものが多い。あとは王国の歴史書、著名な文学書などなど……。本棚に戻すときは、ジャンルごとにわけて見やすいように。

 続いて書類の整理に取り掛かる。

 私信が多く、ついで多いのは請求書の束。ここで暮らしている時に支払うときは、全部彼がこれらを纏めているのかもしれない。


 次期公爵の仕事に、魔物の調査、さらには請求書の管理まで。


(お一人ですべてをこなすには、ちょっと量が多すぎるわ……)


 彼は今まで、ずっとこうやって生活してきたのだろう。

 確かにこの別荘に来るのは、一年で数か月とか、そんなレベルの話かもしれないけれど、それでも大変なのは容易に想像できる。


(使用人が一人でもいれば……)


 大がかりな物品整理は生まれて初めて実施したが、侍女たちの動きを頭の中で思い出すことで、私はなんとか部屋の整理を終えた。これが侍女として初仕事だ。頬に汗が垂れ、「ハンカチ」と言いそうになって、私はとっさに口を押さえた。


(そうだわ。もうこれからは、ハンカチを持ってきてくれる侍女もいないの)


 侍女として自覚が足りないのだと、己を叱咤する。

 自らの足で重いトランクケースを開け、ハンカチを取り出して顔に当てる。

 そのあとも、私は部屋の整理に勤しんだ。整理が終わった後は雑巾がけをして、ぴっかぴかになるまで磨き上げる。

 私が疲れて部屋の真ん中で座り込んでいると、外から革靴の音が聞こえた。きっとジルクス様だ。侍女ならばお出迎えしなければならない。大慌てで身なりを整えて、エントランスに向かう。


 がちゃり、と、玄関の扉が開かれた。


 淑女の礼────ではなく侍女として頭を下げる。

 

「お帰りなさいませ、ジルクス様」

「あ、ああ」


 ジャケットと荷物、剣を受け取る。剣はよく見れば血がついている。おそらく魔物の血だろう。さっきまで魔物と戦ってきたのだ。ジルクス様がいかに危険な事をやっているか分かって、少し怖くなる。


「……驚いた。掃除もやってくれたのか」


 磨かれた床を見てジルクス様が口を開く。


「どうした?」


 暗い表情が出てしまっていただろうか。

 私は首を横に振る。


「申し訳ございません。私は大丈夫でございます」

「もしかして、俺の事を心配してくれたのか?」

「……はい」

「調査は一人ではない。魔物相手に単独行動は愚者のやること。調査の際は現地集合で、調査隊のメンバーはみなルヴォンヒルテ家で雇われている傭兵だ」

「そう、なのですね……」

「まだ不安か?」

「ジルクス様は、見ず知らずの私のことを家に置いてくださいました。そんな優しい方が、もし何かあったらと、不安に思うのは当然にございます」

「優しい、か……」


 ジルクス様の灰簾石タンザナイトの瞳が、少し揺れていた。


「父──ルヴォンヒルテ公爵とランドハルス侯爵の仲は聞いていると、前にも言ったな。君はその娘だ。だから俺が優しくしていると、君はそう思わないのか?」

「それは違います」

「なぜそう思う」

「目を見れば分かります」


 ジルクス様が冷血と言われる理由は、ひとえにその雰囲気と、魔物を退治する家柄に対して持たれている先入観だろう。魔物を殺せるくらいなのだから、その人はきっと心を持たない化け物だ、と。


「使用人を傷つけたくないからお一人で別荘にお住まいになっている。それこそ、ジルクス様の優しさを体現しているようなものでしょう」

「随分と過剰評価してくれるのだな。しかしその理論だと、君が侍女となったからには、君を遠ざけないといけない。別荘の近くは魔物は出ないが、場所によっては魔物も出るぞ」

「その心配には及びません」

「身を守れる術でも?」

「いいえ。──死ぬときは死ぬ、ただそれだけでございます」


 微笑むと、ジルクス様は再び私の顔を見つめてきた。そんなに顔が気になるのでしょうか。そこまで見つめられると、もぞもぞする。人に見られる感覚が苦手なのだ。


「ジルクス様、このあとはお食事になさいますか?」

「……。作れるのか?」

「いいえ、料理どころか包丁を握るのも初めてです」

「…………分かった。無理するなよ」



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