06 料理




 その日の夜、私は簡易ベッドのなかで悶絶していた。

 

(あぁ……情けないわ。あんなに料理が下手だったなんて)


 ほんの数時間前、私はジルクス様のためにと人生で初めて包丁を握った。

 確かに、料理はしたことがない。

 料理本を見ながらなら、出来ると思っていた。


(ジルクス様、きっと幻滅したわ……)


 表面は焦げているのに、なぜか火が通っていない肉も、沸騰させ過ぎて味が濃くなったスープも、ジルクス様は蒼い顔をしながら、完食(肉料理は生の部分を焼き直して)してくださった。私も食べてみたけれど、食べられない程ではないものの、美味しいとは到底言えない出来。


 初めてなのだから仕方ない。

 ジルクス様はそう言ってくださってけれど、このままでは終われない。

 

(もっと上手にならなくては…………っ!)



 ◇



 四日後の夕ご飯。

 自分なりに野菜の切り方や肉の焼き加減を研究し、それなりに美味しいと呼べる出来に到達した。もちろん侯爵家に仕えていた料理長に比べれば、まだまだだろう。でも自分なりに美味しいものを作れて、私は上機嫌だった。


「今日は、まぁまぁ美味しいな」


 ジルクス様はお世辞を言わない。

 だからこれも素直な評価なのだろう。

 

(まぁまぁよ、まぁまぁ。まずいじゃなく、まぁまぁよ! 嬉しいわ、誰かに料理を食べてもらうってこんなに嬉しいのね)


 私はさらに上機嫌になった。

 ジルクス様は、きっと本家ではもっと美味しい食事を召し上がられているに違いない。私のような素人の料理でも、まずいと言って捨てることもなく、しっかり完食される。

 次はもっと美味しいと言ってもらえるようなものを作ろう。


「なぜそんなに嬉しそうなんだ?」

「顔に出ていました…………?」

「分かりやすいくらいに」


(いずれルヴォンヒルテ侯爵にご挨拶に行くのだから、それまでには立派な侍女として振る舞わないといけないのよ。気を付けないと……)


 引き締めようと顔に力を入れれば、余計な力が頬にかかる。

 それを見たジルクス様が吹き出し、腹を抱えて笑い始めた。


「な、なんですか?」

「あまりにも面白い顔をするから」

「面白い……???」

「あぁ。失敬、女性の顔を見て笑うのは紳士じゃなかったな。許してくれ」


(まだ笑いを堪え切れてませんけど……?)


 きっと威厳がないのだろう。


「そういえば、今日は魔物の調査はどうでしたか?」

「ああ。大型魔物の巣が見つかった」

「では…………」

「近々、討伐隊を組織して討伐に向かう」

「…………」

「そう暗い顔をするな。言っただろ、俺はそこらの兵士よりも強い。負けるなどありえないさ」


 なにか、彼のために出来ることはないだろうか。

 

(そうだわ、お守りチャームを作りましょう)


 特別な魔術を使える訳ではないけれど、私にはそれなりに魔力がある。

 元婚約者のジャークス様にも、悪い魔物に近づかれないようにお守りチャームを手作りしたことがある。もうずいぶんと昔の話だ。


(あの時よりも、うんと良い物を作らなくちゃ…………)



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