04 契約の話




「つかぬことをお伺いいたしますが、ジルクス様はどうして別荘で暮らしているのですか?」


 ここは避暑地で、別荘と言っていた。

 別荘があるのは分かるけれど、大抵は侍女や執事も連れて行くのは一般的。確かにさきほど、ここは魔物が出るから使用人は連れて来ていないと仰っていた。本当にそれだけだろうか。

 

「君は、ルヴォンヒルテ公爵家についてどれくらい知っている?」

「魔物が王都に攻め入るのを防ぐため、その剣となり盾となること。そして、魔物から採取される魔石の販売、流通、管理です」

「よく分かってるじゃないか」


 にやりと笑う彼に、少しだけムッとする。

 私だってそこまで世間知らずではない。

 侯爵令嬢として、それくらいの知識は仕入れている。


「俺はこの別荘で、最近領地で出没する大型魔物について調査している。できることなら討伐も考えている。それが終われば本家に戻るつもりだ」

「お一人で、ですか?」

「そもそも俺は使用人をつけない。昔はつけていたがな」

「なぜ?」

「使用人の方から俺のそばを離れるからだ」


 使用人から主人のもとを離れる。

 それは、何となく理由が分かった。使用人が主人とそりが合わなかったときだ。意見の食い違い、価値観の違い、あるいはもっと複雑な何か。


「俺は銀髪だからな」


(ああ、そういうことなの……)


 建国神話のせいで、銀髪は災いを呼ぶと言われている。

 銀髪蔑視は男性相手でも変わらない。もちろん、私に仕えてくれた侍女のように、気にしない人もいる。千差万別だ。


「さて、契約の話をしようか。さすがに侯爵令嬢をタダで雇うわけにはいかんからな」

「ジルクス様、私はもう……」

「失敬。君はもうレティシアだったな。ではこちらに来なさい」


 ジルクス様から雇用契約書なるものを提示された。

 数枚の契約書に目を通す。特段おかしな点は見当たらない。


(契約書って、どうしてこう回りくどい書き方が多いのでしょうか……)


「承知いたしました」


眉間に皺でも寄っていたのか、ジルクス様が私のことをじーっと見ている。


「不満はないのか?」

「不満? お炊事をして、お掃除をして、お洗濯をして、お屋敷の手入れして、その他いろいろなことをすれば、寝る場所にも食事にも困らない生活を送れる。これのどこに不満があると言うのでしょう?」

「給金を見ろ」


 言われて、給金の欄を見る。

 普段お金は持ち歩かない私は、この給金が一般的な侍女として安いのか高いのか分からなかった。そもそも、一般的な金銭感覚は持ち合わせていない。服飾店ブティックで服を購入するときも、支払いの手続きは使用人がやっている。支払いの請求はランドハルス家に行くため、私がお金のことを考えることはあまりない。


 もちろんジャークス様と婚約する際は、立派な公爵夫人となるため多少の経営の知識は身に着けたけれども、それはもっと数字の桁が多い話。


「不満はございません」

「それは、君が使用人として最下級から始めたと仮定してつけた値段だ。その値段ではドレスはおろか、宝石だって買えない。せいぜい平民の古着を数着買って、あとは食費で消えるくらいの値段だ」

「私が元の侯爵令嬢として同じような生活を送りたいと考えておられるなら、それは違います」

「……そうか。それは、すまなかった。変な事を聞いたな」


 ジルクス様は顎に手を当てながら、驚いたような表情をしている。


(匿ってもらう立場なのだもの。お仕事をしてお給金が出るなんて、ラッキーじゃない)


「では、書斎の片づけを頼む」



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