パラサイトチェイス

@nanashi_nagare

パラサイトチェイス

 昼間の台風が過ぎ去り、風は強くも澄み渡った夜空に満天の光が煌めいていた。そんな夜空を彩る光の中に一つ点ではなく線を描いているものがあった。その線は徐々に太くなっていく。太くなっていく光は東京近郊の山中へと線を描き切った。しかし、地表に衝突したような音はなく、山には風が木々を揺らす音だけが響いていた。光の線の先には大小二つの純白の球体が鎮座していた。その形は隕石のようにゴツゴツしたものではなく、凹凸のない正円だった。一目でこの星のものではないと感じさせられる。着陸してから周囲を窺っていたかのように間を開けてから小さいほうの球体が動き出した。凹凸のなかった上部に亀裂が走り花が咲くかのように開いた。

 その中身は伽藍洞であった。いや、わずかな光が二つだけそこにはあった。開いた上部からその光は外へと出ていく。首位を見渡すかのように光は動き、次第に光がその輝かせ方をわずかに変え始めた。

『やっと着いたな。ここが報告にあった地球だな、ポポル』

『はい、無事到着したようです、トトスさん』

 音の振動を相手に伝えるのではなく、全く別の方法で互いの意志を伝え合う。情報生命体。肉体を持たず思念のみが存在している彼らは自らをそう呼称する。

『さあ、早く任務に取り掛かるとしよう。最初の標的は何だ?』

『ちょっと待ってくださいよ。どの捕獲対象もそう容易には発見できないって報告だったんですから。今いる場所などの状況確認をしてからではないと標的なんて決められないですよ』

『作戦立案はお前が行うんだからな。手早く頼むぞ』

『あ、ちょっと、どこに行くんですか?』

『この星で使うことになる人間って生物を確認してくる。ただ待っていても意味がないからな。乗り心地がどんなものか確認してくる』

『あまり遠くには行かないでくださいよ。まずこの周辺に標的になりそうな対象がいないか探すんですから』

『わかってるよ。向こうに見える光のたまり場に行ってくるだけだ。ああいう光が集まっているところが人間の縄張りなんだろ』

 二つの光がそれぞれの目的のために動き出した。


 星の光が霞むほど煌びやかな光が地上を染めている。闇を恐れ光を求めた結果がそこにはあった。

『あれだけ空に光があるのにわざわざ自前でこんな大量の光を作るなんて、人間は無駄なことをするもんだな。とりあえず片っ端から乗り込んで人間って生き物の特性の把握に努めるとするか』

 情報生命体であるトトスたちには肉体がない。しかしそれは肉体を扱えないということではない。生物の中にはただ生きているだけのものもいれば、情報を受け取り処理してそれに応じた行動をとるものもいる。情報生命体である彼らはその情報処理部分だけになった存在といえる。そして肉体を持たない彼らはほかの生物のその情報処理部分にさえ入り込めればその機能の代行が可能である。

『せっかく肉体を使うのであれば優秀な肉体を使いたいな。とりあえずデカい奴から試してみるか。物理的な世界では大きさが強さに直結するからな。まずはあの全体的にデカい奴に入ってみるか』

 トトスの光が一人の男の頭へと一直線に伸びていく。頭の中へと入りこみ、流れてくる情報の波を逆に辿っていく。深く、深く、深く、奥底へと進んでいく。そして波の元へと辿り着く。今度は波の流れにそって自身の光を流し込んでいく。広く、全身に、意識を巡らせていく。全身に光がいきわたり男の世界がトトスの世界へと入れ替わる。

「よし、乗り込み成功だな。これが人間の感じている世界か。光の情報がメインなんだな。だから自分たちでこれだけの光を作り出していたってわけか。理由は分かったが難儀な生き物だな。

 周囲を見渡し人間の視界に慣れていく。そして次第に視線は周囲ではなく自身へと切り替わっていく。

「さて、この肉体の特徴を調べてみるか。捕獲任務に使えるかどうか、まずは運動性能の検証だな。全速力でどこまで動けるのか」

 足を上げ、腕を振り、走り始める。徐々に動作の速度を上げていく。速くなる身体、猛る鼓動、速度は次第に最高速度へと…達しなかった。

「はあ、はあ、はあ。な、何だこの身体、全速力出す前に力使い切るじゃねえか…じ、自分の身体すら、扱えないって、ど、どういうこと、だよ」

 乗り込んだ体は175cm程度の高さに対して、重さが200kg相当あった。周囲の人間と比べて低くはない程度の背にその体重の根幹となる腹囲は人間の中でも上位の大きさである。しかし、トトスの求める強さとは全く別方向の強さを会得していた身体についてトトスは乱れる思考の中で整理をする。

「こ、これなら、まずは通常サイズのやつから調べ始めた方がいいな。人間が、全員こんな運動性能だとしたら、とても捕獲行えないぞ…」

 身体に張り巡らせた光を脳の中枢へと戻し、その肉体から離れ次の乗り込み先の選定を始めるのであった。


『トトスさん、そちらの首尾はいかがですか?』

 姿は見えないポポルからの通信が入る。

「ポポルか、まずまずだな。やはり実際にやってみないとわからないことが多い」

 あの後、トトスは老若難所様々な人間へと乗り込んでみた。

「肉体を装飾する文化もあるみたいでな、同じような肉体でもその装飾品によって運動の運動のしやすさに大きな差が出てくる。いっそ乗り込んだ後に装飾全部取り払った方が早い」

『やめてくださいよ、それが人間の文化なら急にそれをしなくなる個体が現れたら怪しまれてしまいます。現地の生物に不要な影響を与えないように希少生物の捕獲を遂行する、それが我々第二次調査隊に与えられた任務なんですから』

「冗談だよ、そんな個体がほかにもいればやってやろうと思っていたが、そんな個体は一体もいなかったからな。無駄な騒動を起こしたらそれこそ任務に支障が出るからな。それで、お前の方はどうなんだ?」

『僕の方もひとまず候補を見つけました。かまいたち、という生物です』

「どんな生物なんだ?」

『人間よりも小柄ですが移動速度がとても速いそうです。風に乗って現れると報告書にはありました。この一帯は台風という自然現象によって一時的に風が強くなっているそうなのでちょうどいいかと思います。本当に一時的なようなので試しに捜索してみて運が良ければ見つかるってくらいですね。人間を使った捜索のテストとでも思ってやってみましょう』

「素早いタイプか。なら想定通り速い個体が欲しいな」

『第一次調査隊の弟さんがもう少し詳細な情報を送ってきてくれていたら精度の高い作戦を立てられるんですけどね』

 トトスにはテテスという弟がいた。トトスよりも優秀であり周囲からの信頼も厚かったテテスは未開の星の調査という大役を任されていた。肉体に縛られない存在になった情報生命体であっても肉体世界へと直接干渉を行うためには肉体が必要となる。必然的に目的に沿った肉体が必要となり、そのためのほかの星の調査は重要なこととされていた。テテスをリーダーとした4体の情報生命体が第一次調査隊として母星近くにあり、思考を有する生命体のいる星である地球へと派遣された。人間をはじめ様々な地球上の生物の情報を定期的に送ってきていて調査は順調に進んでいると思われていた。しかし、ある日突然第一次調査隊からの報告が途絶え、そのまま消息を絶った。当初は何か異常が発生したのかと思われたが、思念での連絡が可能あん情報生命体にとって一切連絡がつかないということは本来あり得ないことであった。連絡が取れないということはそもそも思考ができない状態にまで追い込まれているということであり、それは思考のみで形成されている情報生命体にとては肉体を持つ生物にとての死という概念と等しいものである。肉体を放棄して以降、増えることはあれど減るということがなかった情報生命体にとってこの想定は現実的ではなかった。残る可能性は意図的に連絡を絶ったということである。つまり星を裏切ったということだ。彼らに何があったのか、何か彼らを裏切らせたのか、様々な憶測が母星を飛び交っている。中には弟が星への反旗を翻し第一次調査隊のメンバーとともに反高勢力を作っているのではないかという話まで出ていた。死という概念から離れ家族という概念すらも希薄になりつつある情報生命体であるが、明確にテテスの兄弟と認知されていると取るにも反抗思想がないかの取り調べが行われた。結果調査だけでは疑いは晴れず、行動で示すためにこうして第二次調査隊に入れられている。そんなやつとペアを組まされているポポルもただの調査員ではないと想像できるが、自身のみのことも立ち入られたくないため互いに何故ともに調査に取り組んでいるかは深追いできずにいた。

『ほんと、前任がやらかしていると後任は大変ですよね』

「お前少しは弟のことで心を痛めている兄の心を労わるとかそういう考えはないのか!?」

『そんなこと言っても肉体のあった記憶のない私の世代はもう家族って感覚がないので分からないですよ』

「これがジェネレーションギャップってやつか。全く近頃の若い奴ときたら…」

『それにしてもだいぶ人間の操作に慣れてきたみたいですね』

「ん?まあ慣れてきているとは思うがどうしてだ?」

『だってわざわざ私に対しても人間同士のコミュニケーション手段である発声をしているじゃないですか』

 操作に慣れるため人間らしい行動というものを探りながらテストを行っていたためについ声にまで出してしまっていた。傍から見たら突然走り出し、一人で大声を出している奇怪な存在である。必然的に彼の周囲から一般人は離れ、特殊な人が近づいてくる。

「ああ、お兄さん、ちょっといいかな?」

 背後から聞こえてきた声に反応して後ろを振り向くと、そこには全く同じ装飾をした二人組の男がいた。片方は背が高く180cmを超えるほどある瘦せ型で、もう片方は同じ痩せぐあいではあるが背の高さは反対に160cmほどしかない小柄の凸凹な二人組であった。声をかけてきたのは小さいほうのようである。

「このあたりで強盗事件があってね。台風が過ぎて気が緩んだところを狙っていたみたいなんだけどね。そんな中、独り言を言っていたり、突然走り出したりしている人がいるという通報があってね。それでパトロールをしていたらお兄さんが独り言を言っているようだったからちょっと事情を聞かせてもらいたいんだけどいいかな?」

「先輩、もう面倒ですしとっとと交番に引っ張っていきましょうよ。SNSに上がっている珍走動画にもこの人が映っているのありましたし。速く逮捕して強盗事件の捜査に戻りましょうよ。時間がもったいないですよ」

「そんな雑なやり方があるか!まだ独り言をつぶやいていただけの一般市民かもしれないんだからな。ちゃんと事情を聴いてだな」

「コスパが悪いですって。別にそれなら注意で済むことになるんですから手短に済ませましょうよ」

「もしかるすと薬物とか重大事件かもしれないだろ!しっかしと事情を把握してから決めるんだよ!そのためにもまず正確に聞くってことが重要なんだよ。これだから最近の若い奴は…」

『人間も世代間の差というものには悩むようだな。せいぜい100年ほどしか生きられないというのにそんな中でも世代で認識に差が生まれるとは大変な種族だ』

『それ私に向けていってます?』

『ただの独り言だよ』

「ああ、ごほん!とりあえず話だけでも聞かせてもらえるかな」

 面倒なことにありそうなことを感じながらトトスは身体から抜け出していった。そこには何も知らず、気づいたらSNSで奇行を晒上げられ警察に事情聴取をされている青年が残った。多少の罪悪感を抱きながらトトスは上空へと移動しまた新たな人間を探しに行った。


『あの人間には少し悪いことをしたな。凸凹コンビは人間の中の治安維持組織みたいなやつらだろ?まさか身体動かしたり言葉を発するだけで調査対象になるとは、制約の多い種族だな』

『その制約のおかげで効率を度外視した非効率な装飾や肉体をしていても生存が可能になっているんじゃないですか?トトスさんの感じていた生物としての疑問もそもそも生きる上で問題にならないから個体の性質程度で済んでいるんでしょう』

 不要と判断した肉体を排除した生物である情報生命体に対して、肉体に更に不要なものを付与している人間、異なる方向に進化をしている種族が類似した思考体系を有していることに苦笑しながらトトスは本来の任務であるかまいたちの捜索に取り組んでいた。

 そして状況は突然変化する。

『トトスさん!反応があります。ラッキーですね、まさに今いる地点の近くにかまいたちがいるようです。南西から北東に向かって移動しています。どうやら台風が通過した経路を辿っているようですね。もうすぐその町を通過するペースです』

『何?なら急いで乗り込み先を見つけないとな』

 上空にいたトトスは地表にいる人間へと意識を向ける。だいぶ時間がたち、月が真上に来ている頃合いにまでなっていた。流石に出歩いている人間の個体数も減ってきている。

『よし、あの若い雄の集団の中にいるやつに乗り込むか』

『急いでください、もうきます!』

 意識を2人組の若い男たちの片方へと向ける。トトスがその男へと入り込み意識を支配する。


「…よし」

「ん?ろうしたんだよ、たくみ…おおっ?」

 ろれつの回らない青年は肩を借りていた友人の急な姿勢の変化に耐えられず地面へと倒れこむ。台風が過ぎた直後に友人と近所の居酒屋へと飲みに行った帰りのことであった。まともに安定した世界を認識できない体を起こそうとすると一陣の風が吹き抜けた。突然の風に思わず目を閉じ、次に開いたときには彼は一人街中で地面に座り込んでいた。


「速いとは聞いていたけど速すぎないか!?」

『まあ、人間はそもそも地球上の生き物の中ではあまり速い生き物ではないようですからね。まあ初めての遭遇ですし失敗前提で頑張ってください』

「俺はこんな任務、とっとと終わらせたいんだよ。失敗なんてしてられるか」

 風そのものよりは遅いが的確に追い風に乗り、その身を風に潜ませ視界に捉えずらくしていることも追跡を困難にしている。しかし、風は常に強く吹き続けているわけではないし、ましてやかまいたちが自分の意志で起こしているわけではない。この街には高層の建物も多くある程度風の向きは限定される。あとは風が止むかもしくは逆風になれば追いつける。人間は無意識に限界まで力を使わないようにできている。これは瞬間的な力を必要とする野性的な世界ではなく、持続的な力を必要とする社会的な世界の生き物だからであろう。しかし、それは使わなくなっているというだけで機能がなくなっているわけではない。身体に張り巡らせた光の循環する速度を上げる。無意識を抑え込み意識的に力を引き出す。風に身を潜ませるかまいたちから目をそらさずに後方から迫る。すると突然かまいたちが風から離れビルの隙間の小路へと身を移した。

「何だ?急に左へ曲がっていったぞ?」

『追跡に気づいたんじゃないですか?外敵から身を隠すために風を利用しているんだと思うので、それが効果ないとわかったから仕切りなおそうとしているとか』

「くそ、それなりに知恵が働くんだな。センサーには未だ反応はあるんだよな?」

『はい、問題ないです。遮蔽物があっても特定生物の放つ波動は関係なく探知できまてます。あ、ちょっとまずいかもしれません』

「どうした?何か起きたか?」

『起きたというか起きそうって話なんですが、センサーのエネルギーが切れそうです』

「なんだと!?あとどのくらいもつ?」

『そうですね、ええと、地球の時計で10分くらいの時間ですね』

「すぐじゃねえか!」

『仕方ないじゃないですか、まだ到着したばかりですし試運転くらいの気持ちだったんですから』

「くそ!!」

 思いがけないタイムリミットができてしまった。思考を切り替え追跡に集中する。かまいたちの入った路地に入る。左に折れて入った路地をすぐに右に曲がりまた右に曲がる。ポポルが伝えてくるセンサーの情報がなければ見失っているところだ。ギリギリ視界にかまいたちをとらえる。ただ、風を利用せずに移動しているからか思ったほど距離は空けられていない。むしろ速度そのものが落ちている分近づいていた。徐々に距離を詰める。次はかまいたちが右に曲がった。この調子でなら追いつくと期待しトトスも右に曲がる。しかしそこには小さな穴の開いたフェンスが立ちはだかっていた。

「な、マジかよ!」

『どうしました?』

「人間だと通れない網状の壁だ。かまいたちはすり抜けていったみたいだが。他にルートはないか?」

『迂回する道はありますけどそんなことしてたらもう追いつけませんよ』

「仕方ない、こうなったら…」

 フェンスの先に視線を移す。視線の先には男が一人壁に寄りかかり座り込んでいた。細かいことを確認する時間はない。その男へと乗り換える。支配に多少の時間はとられても迂回するよりは速い。急いで支配を終え追跡を再開する。身なりは少し汚く顔を覆うように黒い目出し帽を被っていたが追跡するのに邪魔な目出し帽を捨てて走りだす。足元にあった大金の入った鞄を置き去りにして。


「先輩、今日やけに奇行に走る人多いですね。今度は突風男ですって。突風と一緒に走って超はやいんですって」

「お前今職務中なんだからスマホ見るなよ」

「でも実際いろんな情報が上がっているから怪しい人間探すのは効率的ですよ」

「何でもかんでも効率効率って…いいか、効率だけじゃなくてだなもっとこう…」

 小さな先輩刑事が後輩へと自分なりの理念をつたえようと思っていた時に風が吹いた。

「うわ、目にゴミが…!」

「大丈夫か?スマホばかり見ているから何か起きた時に対応できないんだぞ。ん?あれは…」

「何かありましたか…?」

「強盗犯の麻倉だ!追いかけるぞ!」

「前見えないのでちょっと無理ですかね」

「ああ、もういい!俺が単独で追いかける!お前は他のやつらに情報共有しておけ!!」

 身動きのできない後輩をおいて一人自転車に乗りトトスが乗り込んでいる強盗犯を追いかけ始める。ここにかまいたちを追うトトス、トトスの乗り込んだ強盗犯を追う刑事の二つのチェイスが始まった。


「前を走る黒づくめの男!止まりなさい」

 背後から聞こえてくる声が自分への指示とは気づかず追跡を続けるトトス。センサーの残り時間は5分を切っている。できればこの時間内に捕まえたい。追い風で離され、無風で縮める。建物が乱立し入り組んだこの場所でなら一気に離される心配もない。センサーが働いている間なら視覚による情報がさえぎられるこの環境のデメリットも少ない。それに加えてこちらは単独ではない。

『トトスさん風の解析ができました。今から細かく指示していきます。まず必要な地形情報を送ります。』

「よし、後は時間との勝負だ。待ってろよイタチ野郎!」

『まず前方の十字路を過ぎたあたりで追い風が終わります。おそらくすぐ先の左側にある建物の間に曲がって入ると思われます。その先は入り組んでいますが出口はすべてを塞ぐのでその路地の中で捕獲してください』

「は?塞ぐ?お前こっちに来ているのか?」

『いいえ、ですけど大丈夫です。ほらもうすぐですよ。こっちのことは任せてその先で捕まえることだけに集中してください』

 ポポルの予測した通り風が収まる。残り時間は後2分。


 路地裏は細かく曲がりくねっていて視線は切られてしまう。センサーの情報をもとに細い道を駆け抜ける。幾度も曲がっていった末に長い一直線の道へと出た。かまいたちの姿が見える。しかしその道の先には大通りも見えていた。このままではまた長時間の追跡に戻ってしまう。苛立ちながらも力を込めて地面をけり続ける。すると前方の大通りに接続する道を一台の車両が塞いだ。そして同時に拡声された大きな警告が響き渡った。

「麻倉!お前は完全に包囲されている!おとなしく投降しろ!」

 突然のことに一瞬意識を逸らされる。道を塞がれたかまいたちも同じように一瞬止まるがすぐに横道に逃げ込んでいく。慌てて追跡を再開する。

「おとなしく投降しろと言っているだろ!どこに行こうとこの一帯の道は全て塞いである。観念しろ!」

 ポポルが塞ぐと言ったのはこれのことだろうか。こちらの行動に合わせるかのように警告しているあたりこの肉体の人間を追っていたのだろうか。余計な考えが頭の中を駆け巡るがすぐさま切り捨てる。どういう経緯であれ捕獲対象の退路を絶ち千載一遇の機会が巡ってきているのは確かだ。この路地から出るころにはセンサーのエネルギーは尽きてしまうだろう。この路地裏が正念場である。かまいたちを追いかけて曲がった道の先に先ほど声をかけてきた二人組と同じ服装の男たちが見える。後ろからは絶えず小柄な男の声がしている。よく続くものだ。前も後ろも塞がれたかまいたちは更に細いビルの隙間へと身体を躍らせる。この路地に入るときに送られてきた地形情報であればそこはもう行き止まりである。後は捕獲するだけ。トトスもその細い隙間へと身体を移動させその先を見る。

 そこには何もいなかった。

「は?」

『上です!』

 視線を上空へと移す。ビルの壁を駆け上がるかまいたちがいた。

「そんな動き出来たのかよ!」

 慌ててビルの横につけられた階段を登り始める。しかし直線で登るかまいたちに螺旋状に徐々に上がらなければならない階段では追いつけない。

『センサー切れました!もう見失わないでくださいね!』

 視線をかまいたちに送り続ける。そしてその視線の更に奥の屋上に人間がいた。このまま登るよりは身体を乗り換えた方が早い。即座に意識を屋上の人間へと切り替える。光が身体を飛び出す。重力と戦うかまいたちをビルの中腹で追い抜いていく。そして先に屋上へと辿り着き男に乗り込む。脳の中枢へと向かう。速く。体中に光を広げる。早く。世界を乗り換える。乗り換えた世界の片隅を上に向かって風が吹き抜けていく。下ではなく上へと視線を送る。そこには飛び上がったかまいたちがいた。先回りはできなかった。人間の限界を超えた力を足へと込めけりだす。迅く。宙へと身体が飛び上がる。捷く。筋肉が悲鳴を上げ激痛が走る。

「麻倉確保ー!」

 下から聞こえてくる人間の声。はるか上に見える近づくのを止めた空。そして近づき始める屋上。飛び上がることに集中した体は受け身も取れず屋上へと舞い戻った。

「かはっ」

 肺の中にある空気が全て外へと押し出される。痛みで身体を丸めて動けない。

『大丈夫ですか!?かまいたちはどうしましたか』

 声が出せず意識も送れない。肉体とはやはり不便なものであると痛感する。丸めた体の中で暴れているかまいたちを抑え込みながら改めてそう確信した。


『いやあ、無事捕まえられてよかったですね』

『なんとかな…毎回こんなことになるのは勘弁したいな』

 青く澄んだ空の下、緑の木々が生い茂る山の中で二つの光が白く明滅していた。

『それはこっちの台詞ですよ。毎回こんな大騒ぎを起こしていたらそのうち私たちのことに気づく人間も出てくるかもしれませんよ』

『分かってるよ…それで星への情報転送はどうだ?』

『もうすぐ終わりますよ。生物をこのカプセルに入れれば後はそのまま生物情報を送ってくれるようになっていますからね。捕まえた後は楽なもんですよ』

 トトスたちが入っていた小さい球体とは別の大きな球体の中にかまいたちは入れられている。肉体を持つ生物を解析するためのその装置は小さな駆動音を響かせながら情報を解析し母星へとその結果を送り届けている。

『それじゃあ俺は次の標的の捜索にでも向かうとするか』

『ほんと気が早いですね。未だセンサーの充填も終わってないですし、もう少しのんびりやりましょうよ。別に期限が迫っているわけでもないんですから』

『俺は少しでも早くこの任務を終わらせたいんだよ』

 この任務に就いた経緯に弟が深くかかわっているためどうしても常に弟のことが頭から離れない。後ろをついてきていた弟、気づいたらはるか先にいた弟。背中を見せたかったのに背を背けてしまった自分。自分の嫌なところを露わにされ疎ましく思っていた。それでも奥底では大切に思っていた。そんな弟がいなくなったのはなぜか。この地球で弟の本来の任務を引き継いだら何かが分かるかもしれない。追いかけさせたい背中を追いかけていく。


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