第27話 竜の巫女は拳で語る
こつり、こつりと足音が反響していく。
「なんなんだろうな、ここ。」
ニックくんが小さくつぶやく。
階段を下りた先は、まるで砦のようだった。
整然とした通路が並んでおり、ところどころに扉、中はよくわからないものがしまってある倉庫のような場所だった。
図書館で読んだ本を思い出す――神殿には、表に出せない遺物を奉納する場所があるらしい、と。
「300年前の名残、じゃないかな。」
私が小声で返す。
ケビンさんは紙にペンを走らせ、今まで歩いてきた部分を記していく。
「この造りの様子だと、この奥に開けた場所があるはずだ。多分な。」
ケビンさんが小声で教えてくれる。
トントン、と空白状態になっている部分を指さしていた。
何かが居るとしたら、おそらくそこ。――アリーナは無事だろうか。
通路の先、正面に両開きの扉があった。
「この先だ。」
ケビンさんがそっと近寄り、扉の様子を確認していく。
私はレイスくん、ニックくんと視線を交わし、頷きあうと覚悟を決めてケビンさんに続いた。
「鍵はかかってない――あけるぞ。」
扉を開けた先は、ホールのようになっていた。
どこかでピチョン、ピチョンと水の滴る音がしている。
こつり、こつりと中央に向かって進んでいく。
「おいおい、こりゃあ――」
ケビンさんの持つランタンに照らされた石畳の上は、赤黒く染まっていた。
「血痕、か? 尋常じゃない量だな……」
おそらく、誘拐された人たちはここで――
「ねぇお父様。お友達がお見えになったようよ?」
鈴の音を転がすような少女の声が響いた。
ケビンさんがサッと腰を落として警戒態勢を取る。
(「ケビンさん、下がって!」)
ケビンさんを後ろに下げ、代わりに私たちが前に出る。
ゆっくりと歩を進めていく。
「フィーネ、あれがお前の欲しかったお友達かい?」
「ええ、そうよお父様。」
年老いた男性の声と、先ほどの少女の声が奥から響いてくる。
「オジキ! オジキなのか!」
ニックくんが叫んだ。
「……ニックか。どうしたこんなところにきて。」
どこか疲れ果てた印象を受ける男性の声は、おそらくニックくんが言っていた神官長のものだろう。
「オジキ! 自分が何をしてるかわかってるのかよ?!」
返答はない。
「ねぇお父様。私、あの子たちと遊びたいわ。」
「ああフィーネ。わかったよ。遊んでおいで。」
「オジキ! フィーネはもう死んだ! 目を覚ませオジキ!」
「うるさい! フィーネは死んでなどいない! お前まで奴らと同じことを言うのか!」
ニックくんの必死の声は、だが神官長には届いていないようだった。
怒りのこもった声で神官長は続ける。
「フィーネは生き返ったんだ! 私のフィーネ! 神竜などあてにならない! やつはフィーネを救ってはくれなかった!」
くすくす、と鈴を転がすような笑い声が響く。
「何も見えないんじゃつまらないわ。私、あなたたちの恐怖で歪む顔がみたいの!」
ぱちり、と指を鳴らす音がした。
壁際にある松明が次々と点火されていく。
松明に照らされて、部屋がぼんやりと浮かび上がった。
奥にいるのは……一人の少女と、年老いた男性。
「フィーネ? 嘘だろ……」
ニックくんが呟く。
「嘘じゃないわ。私はフィーネ。生き返ったのよ。久しぶりねニック。」
何がおかしいのか、少女はころころと笑っていた。
「昨日お呼びしたお友達はすぐ壊れてしまって、退屈してたの。あなたたちは、私を退屈させないでちょうだいね?」
音もなく少女は歩み寄ってくる。
――アリーナ! 私は周囲を素早く見回す。ふと、壁際にころがる白い塊が目に入る。
「アリーナ!」
叫んだが、反応はない。
「あら、あなたのお友達? でももう壊れてしまったわ。用なしのオモチャは、処分してしまいましょうね?」
少女がアリーナに向け指を向けると、その指先に巨大な火球が現れた。
「アリーナ!」
全力でアリーナに駆け寄る――それよりも早く、少女の放つ火球がアリーナに向かって放たれた。
私の目の前で火球はアリーナにさく裂し、火炎をまき散らした。
「あ……」
私の足から力が抜け、床に崩れ落ちる。
「嘘……。」
間に合わなかった――
涙が零れ、無力感に苛まれた。
「アリーナ……」
間に合わなかった。アリーナを助けられなかった。
燃え盛る炎を前に、ただ涙を流す事しかできなかった。
少女の愉しそうな笑い声が響いてくる。
だけど――
「ふん!」
一喝と共に、炎が割れた。
炎の向こうには、赤竜おじさまと――
「アリーナ!」
赤竜おじさまに抱かれたアリーナが居た。
「アリーナはおいちゃんにまかせとけ。さぁ、行け!」
私は赤竜おじさまに頷くと、涙をぬぐい、立ち上がる。
「あらあら、お招きしていない方がいらっしゃったわ。」
少女が不服そうに顔をしかめた。
その指から火球を放つが、赤竜おじさまは全て切り捨て弾き飛ばしていく。魔族の攻撃は中々に厳しく、おじさまにも余裕はあまりなさそうだ。
「お前の相手はこっちだ!」
いつの間にか少女――フィーネに迫撃していたニックが一閃した。
火炎の剣閃が少女の身体を切り裂く。
「あらあら、元気な方ね。じゃあ私と遊んでくださる?」
少女がニックに手を伸ばす――その腕を、横からレイスくんが切り落とした。
さすがに苛立ったのか、少女が忌々し気にレイスくんを睨みつけ、残った方の腕を叩きつける。
レイスくんはそれを長剣で受け止めたが、勢いを殺せずに後ろに吹き飛ばされていった。
私は低い姿勢で駆け寄り、フィーネの頭部目掛けて伸びあがり、拳を繰り出す。
拳を叩きつけられたフィーネは高く吹き飛ぶが、何事もなかったかのようにふわり、と着地した。
「あらあら、こんどのお友達は本当に元気ね。いいわ。楽しめそう――」
フィーネの切り落とされた腕はいつのまにか元に戻っていた。
ペロリ、と舌なめずりをした後、ゆっくりと近づいてくる。
「ルカ! まとめてかかるぞ!」
ニックくんが走り出すのにあわせて私も別方向からフィーネに近づいていく。
レイスくんも合流し、3人でフィーネに斬りかかり殴りかかる。
(これは……私の攻撃だけ効いていない?)
レイスくんやニックくんの攻撃はダメージを与え、嫌がる様子を見せるのだが、
私の攻撃は意に介す様子すらない。
フィーネの攻撃は重く、受け止めるだけで精いっぱいで踏ん張りきれず弾き飛ばされてしまう。
レイスくんとニックくんも頑張ってくれているが押され気味だ。
どうしたら……二人と私の違い……そうか、浄化の炎!
でも私に使えるのは《火竜の息吹》だけ。この魔法は周囲に火炎をまき散らす。
加減を間違えたら一緒に戦っている二人も炎に巻き込んでしまう。
二人が有効打を加えられてるのは、私の《火竜の加護》の影響だ。
私の魔力が浄化の炎となって彼らの剣にまとわりついている。
――私の拳に、《火竜の息吹》を載せることができれば!
《火竜の息吹》に指向性を加えることで、範囲を狭められるかもしれない!
《火竜の加護》と《火竜の息吹》を即席で組み換え、素早く魔法を展開していく。
拳に《火竜の息吹》を《加護》し――
全速力でフィーネに向かっていく。
フィーネはニックくんの斬撃をあしらい、その腕をつかむと、斬りかかってきていたレイスくんにニックくんを叩きつける。
フィーネは愉しそうに二人の苦悶の表情を眺めていた。私の動きを気にする様子はない。
私は拳の届く距離まで一気に間を詰め、フィーネの顔面に向かって拳を振り抜いた。
フィーネに着弾した拳から、真っ白な炎の奔流が爆発するように噴出した。
指向性を持った火炎はフィーネの頭部を鋭く貫き、その炎はフィーネの身体を舐めるように包む――そのまますべてを燃やし尽くし、フィーネと共に消えた。
――私はすべての力を使い果たし、床に伏していた。
あー。もう立ち上がれないや。
これでだめなら、打つ手がない。
こつりこつり、と足音が近づいてくる。
「失礼します――よっと!」
レイスくんだった。またしても私は横抱きに抱えあげられていた。
「え! ちょっと! またですか! 子供じゃないんでやめてください!」
必死に逃れようとするが、力が入らない。顔が熱い。
「ハハハ、またご令嬢に逆戻りですね。」
レイスくんが人の悪そうな笑みで私を見る。
「またそうやって――あ、アリーナ!」
アリーナの居た方を見ると、赤竜おじさまがアリーナを抱えてこちらに近づいてくるところだった。
「だいじょうぶだよ~。アリーナは無事だ。おいちゃんがちゃんと守ってたからね。」
赤竜おじさまがウィンクをしてくる。ほぅ、と胸をなでおろした。
ニックは……錯乱している神官長に何やら語り掛け、話し合いが無理だと悟ったのか、神官長を気絶させ抱えていた。
「あーあ。俺だけ野郎かよー。次は女の子にしてほしいよな。」
とても不満そうにぶつぶつと言っていた。
私はくすくすと笑っていたのだが、ふと思い出し――
「あ――ケビンさん! 無事ですか!」
遠くの方から声がする。
「……終わったか? じゃあ帰るぞ。ついてこい――迷うなよ?」
こうして、長い夜が終わった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます