第26話 魔族の眷属

 王都大神殿。今その周囲は、ウェルシュタインの精兵たちに包囲されている。

 

『神竜様――神竜様の加護が、あまねく世界を照らしますように――』


 私は大神殿の前で神竜様に祈りをささげる。


「ルカ、準備はいいかい?」


 赤竜おじさまは私に確認を取る。


 私は振り返り、声を張り上げる。


「みんな! 私の大切なアリーナを守るために、どうぞ力を貸して!」


 居並ぶ精強な騎士たちが力強く頷く。


 横にいるレイスくんとニックくんとも頷きあい、神殿に向き直る。


火竜の加護ドラゴン・パワー


 私の魔力が、彼らに流れ込んでいく。


 赤竜おじさまに教えてもらった古代魔法の1つ――他者を身体強化する魔法である。


 これで、多少なりとも魔族に対抗できるはずだ。


「ケビンさん、よろしくお願いします。」

「ああ、できる限りのことはしよう。」


 今の私は他者への魔力付与に力のほとんどを振り分けているため、広域の警戒魔法は使えない。


 この先、斥候が必要になる場面があればケビンさんに頼ることになる。


「じゃあ行ってきます。赤竜おじさま。」

「気を付けるんだよ。ルカ。」


 赤竜おじさまが優しく肩を抱いてくれる。


 私も赤竜おじさまを抱きしめ返す。


 赤竜おじさまがすっ、と離れていく。


 ――待っててね、アリーナ!




 ――神殿内部は静まり返っていた。


 明かりは私たちの持っているランタンの頼りない光のみ。


 私たちの足音と、鎧のぶつかり合う音が闇の中に吸い込まれていく。


 人の居ない礼拝堂はガランとしていた。


 ――赤竜おじさまの言う通りであれば、私には痕跡をたどることができるはず。


 礼拝堂を進んでいく。


 「止まれっ!」とケビンさんが静かに叫んだ。耳を澄ます。


 今の私の警戒網は平面方向に10メートル程度、反応はない。


 「何か、いるぞ。」


 ケビンさんがダガーを構え緊張している。


 どちゃり。


 奥の方から、湿った音が聞こえてきた。


 どちゃり。どちゃり。


 ランタンの明かりに、うっすらと人影らしきものが写る。


 次第に近づいてくる音。


「おい、でかいぞ!」


 背後の騎士が慄く。


 どちゃり。どちゃり。


 それは明らかに人間の大人より大きかった。4メートルはあろうかという巨人。


 近づくにつれ、異様な姿があらわになる。


 人のような筋肉質の身体、膝から下は鳥類のよう。全身がぬらぬらと輝いていて、なにかが滴っている。その頭部は山羊だった。


「なんだよ……これ……。」


 誰かの声が響く。


「おいルカ、だいじょうぶかよこれ!」


 ニックくんも怯えを隠し切れていない。

 だが――


「行きます!」


 私は全力で怪物に向かって走り出した。


 一瞬で間を詰め跳躍し、みぞおちあたりを拳で振り抜く。


 ドス、と重い音が鳴り響き、怪物が弾き飛ばされていく――が、2メートルほど先でピタリと止まった。


 レイスくんの驚愕のこもった声が響く。


「嘘でしょう? ルカさんの一撃を耐えるなんて!」


 私としてもこれは意外だった。おそらくこれは魔族の眷属。下っ端だ。それでもこの強さか。


「騎士団! 突入!」


 騎士たちが号令と共に怪物へ押し寄せる。


 怪物の腕の一振りは容易に騎士たちを薙ぎ払っていく。


 身体強化魔法を施した精兵が、子供をあしらうように散らされていった。


 私もふたたび攻勢に加わり、拳を浴びせていく。が、有効打を取れない。


 私の攻撃の隙をついて放たれた、怪物の鋭い拳に持ち上げられ、身体が宙に舞った。


 ガードは間に合ったけど、空中では逃げ場がない――怪物が振りかぶり、私目掛けて腕を振り下ろす。


「ルカさん!」


 レイスくんの声が聞こえた――その時には、怪物の肘から先が切断されていた。


 暗闇に灼熱をまとった剣閃が残る。


「おっと!」


 落下した私はニックくんに抱き留められていた。


「ニックくん?!」

「役得役得ーってね。――言ってる場合じゃねえな。加勢してくる。」


 私を床に下ろすと、ニックくんも怪物目掛けて走り出した。


 レイスくんもニックくんも、前に見た時とは比べ物にならない速度で動き回っている。


 手に持つ剣は灼熱で覆われ、確実に怪物にダメージを与え続けていた。


「すごい……。」


 呆気にとられたが、すぐに我に返って私も加勢する。


 ニックくんが怪物の足に斬りかかり、私が胴体に拳を浴びせかけ隙を作る。


 高く跳躍したレイスくんが、怪物の頭目掛けて剣を振り下ろし、頭部を両断する。


 動きを止めた怪物は、悲鳴を上げることなく闇に溶けていった。


 ――あたりに静けさが戻っていた。


「倒した――のか?」


 ニックくんが不安げに問いかけてきた。


「うん、たぶん。」


 周囲に敵性反応はない。


「ルカさん、大丈夫でしたか?」


 いつのまにか私のそばに来ていたレイスくんが、私を気遣ってくれた。


 ――ふぅ。


「きみたち、あんなに速く動けたの?」

「お前の《火竜の加護》のおかげだろ? この炎だって――」


 長剣の炎は消えていた。


「あれ? さっきまで燃えてたのに。」


 たぶんあの炎は、剣を振るうときの覇気にでも反応するのだろう。


「みなさーん! 無事ですかー!」


 周囲にうずくまる騎士たちに声をかける。致命傷を受けた人はいないようだが、満足に動ける人は5人に満たなかった。


「同じ《火竜の加護》を受けていても、かなり効果が違うようですね。」


 レイスくんが言った。確かに、人によってばらつきが酷い。


 騎士団の人たちには悪いけど、彼らでは戦力にならないだろう。


「みなさん、怪我人を連れていったん戻ってください。私たちだけで奥に進みます。」


 騎士たちも彼我の戦力差を痛感したのか、大人しく頷いて負傷者を運び出していった。


 騎士団に分け与えていた魔力を手元に戻す。これで私ももう少し動けるようになるはずだ。


「赤竜おじさまが言っていたのは、こういうことなのね。」

「信頼できる~ってやつか? つまり、俺はルカにそこまで信頼されてるってことだな?」


 ニックくんがニヤニヤと意地悪な笑みを近づけてくる。こんなときでも変わらないんだなー。


「もう! 今はそんなことより、先に急ぐわよ!」

「へいへい。」


レイスくんの方を見る。


「レイスくん、いける?」

「問題ありません。いきましょう。」


 目を見て頷きあう。


「俺もいこう。まだ役に立てるかもしれない。」


 ケビンさんが出てきた。戦闘中は身を隠すのが信条らしい。


「あいつは奥の方から出てきた。奥に何かあるのか?」


 私とレイスくん、ニックくんとケビンさんの4人で礼拝堂の奥に進んでいく。


「何もないな……」


 ケビンさんが周囲に目を走らせる。けど――


「そこ、祭壇の下から変な感じがする。」


 私の声に反応して、ケビンさんが祭壇の下を重点的に探索しはじめた。


「――あった。なんだこれ? 隠し扉、か?」


 絨毯をめくると、床に人が通れるほどの大きさの四角い扉が現れた。


 扉を開けると、石造りの階段が地下へ伸びていた。その先は闇に飲まれて何も見えない。


「……俺が先行する。お嬢ちゃんたちは後ろから来てくれ。」


 ランタンを持ったケビンさんが、意を決して進んでいく。


 私たちも頷きあい、その後ろに続いた。

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