第22話 レイスくん VS ニックくん

 ――それはただの思いつきだった。


「レイスくんとニックくん、どっちが強いのかな?」


 悪乗りを好みそうなニックくんはわかるけど、レイスくんが応じるとは思ってなかった。


 店内の試技場に剣を打ち合う音が響き渡る。


「これに勝った方がルカを貰うってことでいいよな!」


 ニックくんが軽口を叩きながら鋭い突きを繰り出す。


 頭部目掛けて迫る白刃を、レイスくんはギリギリ紙一重で躱す。


 レイスくんの方は軽口を返すほどの余裕はなさそうだ。


 踏み込んできたニックくんの胴を目掛けて、レイスくんがカウンターで薙ぎ払うが、ニックくんは素早くバックステップし躱した。


 刃引きしてあるとはいえ、あたれば大怪我である。それをお互いが容赦なく応酬していく。


 剣舞のようなそれは、かれこれ1時間以上続いていた。見守る観衆は呼吸をするのも忘れ、固唾をのんで見守っている。


 パワーで勝るレイスくんとスピードで勝るニックくん。私の目にも、その実力は甲乙つけ難かった。


 ニックくんはスピードで攪乱し、いなし、翻弄する。それにレイスくんは対応しきれていない。だが追い込まれてもパワーで状況を覆し、追いすがってる。


(あれだけ鍛えてあげたレイスくんに着いていくどころか、むしろニックくんの方が押してる感じかなぁ。)


 多分、経験の差かな、と思う。年の差を覆すほどの経験の差。


(こうなるとスタミナ勝負だけど、それだと動きの派手なニックくんが不利かなぁ)


 観衆にはもう、剣筋など見えていない。身体強化された二人の動きを追えているのは、私だけみたいだ。


 うーん、見てたら私もウズウズしてきたな。壁際で眺めているのもそろそろ飽きてきた。


(――あ!)


 スピードが落ち始めたニックくんの頭部目掛けて、レイスくんの横薙ぎが繰り出される。それを躱そうとしたニックくんの足が汗で滑ったのが見えた。


 レイスくんの「まずい」という表情とは裏腹に、剣筋は勢いを持ったままニック君の頭部に迫っていく。――二人とも、防具はつけていなかった。


 キンッ、と甲高い音が響き渡り、レイスくんの長剣、その中ほどから先が高く弾き飛ばされていた――なんとか間に合った。


 私の拳で砕かれた剣先が、くるくると回転して床に突き刺さる。ニックくんは何が起こったのか理解できないような顔をしていた。


「レイスくん! ちゃんと寸止めしなきゃ危ないでしょう! それができないなら最初から防具をつけなさい!」

「――すまない。」


 相手に怪我を負わせずに済んだレイスくんは、安堵した表情で私に謝った。


「あ・や・ま・る・あ・い・て・が・ち・が・う!」


 私はずびしとニック君を指さしつつ、レイス君を睨む。レイスくんは不服そうに「すまない。」とニック君に頭を下げた。


 ニック君は転倒したまま動かない。スタミナをほとんど使い果たしたのもあるのだろうが、まだ何が起こったのか理解していないようだ。


 ――周囲から割れるような歓声が轟いた。


「すげーもん見ちゃったよ!」

「全然見えなかった!」

「最後、あの女の子は何したんだ?!」


 歓声の中、私はニックくんに手を差し伸べた。「立てる?」と声をかけると、やっと我に返ったのか「ああ。」と私の手を取り、ニックくんは立ち上がった。




「最後、何が起こったんだ?」


 ニックくんが私に聞いてきた。「当たりそうだったから、剣を叩き折っただけだよ」と私が言うとニックくんは改めて驚いたようだった。


「ルカさん、ありがとうございます。」

「これに懲りたら、もう防具なしでチャンバラしちゃだめだよ?」

「チャンバラ……。」


 折った剣を弁償し、店を出た私たちはのんびり商店街を歩いていた。


「なぁルカ、もしかしてこの中で一番強いのか?」

「それは戦ってみないとわからないかなー?」


 ニヤニヤとニックくんを挑発してみる。そういえばレイスくん以外に実力を見せたことはなかったっけ。


「俺より速く動く奴に、勝てる気はしねーよ。」


 スピードタイプのニックくんらしい解答である。なんだか少し不貞腐れているようだ。


「でも買ってもらったこの服が動きやすいものでよかったよー。そうじゃなかったら割り込めなかったかもー。」


 くるりと萌葱色のワンピースを回転させる。膝丈のスカートがふわりと舞い上がる。


「……いや、その服を着てあの速度で動けるのは、ルカさんぐらいじゃないかと思いますが。」


 レイスくんの言葉にニヒヒ、と笑い返してやる。



 今日は3人で休日ショッピング、ということになり、ふらふらと街を散策しているのだ。


 さっきの試合で、少しは二人の間の緊張がほぐれたような気がする。どうやら男同士、相手の実力を認め合ったようだった。



「ルカ、両手に花なんて学園の生徒に見られたら、まーたおまえの悪い噂立てられるな」

「両手に花? どこに花があるのかな?」

「目の前に居るだろーが!」

「ニックくん、じしんかじょー!!」


 アハハ、とじゃれあいながら街を進んでいく。やっぱりニックくんは悪いやつじゃないとおもう。レイスくんはまだ少し懐疑的だけど。そのうちわかってくれるだろう。



「アルルカ王女もくればダブルデートになったのにな。」

「私にアルルカ様を押し付けて、ルカさんを独り占めできたのに、という魂胆が丸見えだぞ。」


 私たちは遅めの昼食を終えて、まったり紅茶を飲んでいた。


「“アルルカ様”も今日は色々忙しいから、無理だったとおもうよー。」


 確か今日は神殿で儀礼をしたり孤児院に慰安しに行くとか言ってたっけ。帰りは夜になるって聞いてる。こういう時、アリーナに色々押し付けすぎた気がして、申し訳ない気持ちになる。何かお土産を買って帰りたいなー。


「そうだ、ねぇニックくん。きみはどうやってあんなに強くなれたの? レイスくんと互角に戦える男子は初めて見たかも。」


 最近知ったのだが、レイスくんは学園でもトップクラスの実力があったらしい。だからこそ私に負けたのはショックだったって言ってたけど。


 あれからずっと鍛錬を重ねているから、今の学園で私以外にレイスくんに並ぶものはいないと思ってたくらいだ。


「ああ、親父が、俺を騎士するのが夢だっつって鍛えたんだよ。あちこちの国から師範を呼んだりしてな。小さいころからスパルタで色々仕込まれた。いろんなダンジョンにも潜ったっけ。」

「へぇ、それだけであんなに強くなれるんだから、才能があったんだね!」


 レイスくんの機嫌が曲がった気がする。……なんで私がニックくんを褒めるとへそをまげるかなー。


「ニコラ・ケール子爵子息、今日の対価になる情報はいつ渡すつもりだ。」


 ”ろくでもない情報だったら、ぶちのめす”とレイスくんの目が語っている気がする……。せっかく打ち解けそうだったのにー。


「余計なお荷物がついてきたからなぁ。これじゃあろくな商品はお渡しできませんねぇ?」


 ニックくんが意地の悪い笑みでレイスくんをからかい始めた……。レイスくんはあんまり冗談が通じないタイプだから、からかうのはほどほどにしてほしいなぁ。ああほら、またレイスくんの機嫌が悪くなってる……。


「ハハハ! いい顔だな! その顔に免じて、少しだけ商品を売ってやるよ。……おいルカ、遮音結界、頼む。」


 急に真面目な顔になるなぁ。まぁいいけど。ささっと遮音結界を展開して「できたよー」とニックくんに伝える。


「サンキュー。じゃあヒントだ。ルカ、お前、誘拐されたときに魔法封じの魔道具を使われただろう?」


 ああそういえば。本当にあの事件の事知ってるんだなぁ。


「うん、使われたよ。それが何か?」


「あれはな。犯罪に悪用されないよう、それなりの地位にいるやつにしか入手できないようになってる。普通の店で売ってないんだ。言ってる意味が分かるか?」

「んー、それはつまり、ローブの男かその背後に居る人物が上位貴族だったりするってこと?」

「そういうことだ。――今日の対価で売れる情報はこのぐらいかな。」

「えー! それだけー? けちんぼー!!」


 それだけじゃなにも絞り込めないじゃないかー。


「……じゃあサービスだ。いいか。今回、魔族が絡んでる可能性がある。」


 魔族ですと?!


「300年前の手口に似てるんだよ。魔族なんて人間の手に余る存在だ。もし本当に魔族が裏にいるってんなら、竜の巫女――アルルカ王女に任せるしかない。」

「竜の巫女ならなんとかできるの?」

「少なくとも、300年前には撃退できたんだ。何か方法があるんだろう。――ま、本当に魔族が絡んでたら、の話だけどな。」


 うーん……300年前はどうやって撃退したんだろう? 知っておきたい気がするなぁ。


「ねぇ、300年前の事、調べに行かない? 学園図書館で調べてみようよ。」

「今からか?!」

「そう。善は急げってねー!」


 うーん、なんだかもやもやする。なんだろう。ニックくん、なにを隠してるのかな?

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