第20話 みんな落ち着いて!

「ふざけるなっ!」


 叫びながらレイスくんが立ち上がり、ニックくんの胸ぐらを掴んでいた。その形相は怒りを通り越して憎しみすら感じた。


 私は言葉の意味が解らなかった。ローブの男のことはわかったけど、「私を貸せ」とか「落とす」とか、どういう意味なんだろう?


 言葉の意味を解説してもらおうとアリーナを見ると……そこには羅刹の如き空気をまとったアリーナが居た。怒りで髪の毛が波打ってるかのような錯覚を覚えた。


 ……ガチギレしてるアリーナ、初めて見たかもしれない。


「俺の協力がなければ“奴”に辿り着くことは難しい。俺を尋問してもいいが、不穏な空気を感じ取れば“奴”は姿をくらますだろう。どうだ? 悪い話じゃないと思うんだが?」


 ニックくんの胸ぐらをつかんだレイスくんの両手は怒りで震えていた。アリーナの目には殺意が浮かんでる……いけない、空気が悪すぎるな。


 この状況でも不敵に笑ってられるニックくんは大物かもしれない。


 それだけ、今自分が提示した情報の価値を理解しているのかもしれない。私たちが喉から手が出るほど欲しがっているものなのだから。


「ね、ねぇ“アルルカ様”、ニックくんが言ってるのはどういう意味なのですか?」


 おそるおそるアリーナに聞いてみたのだが。


「あなたがそれを知る必要も、理解する必要もありません。」


 と、一刀両断されてしまった。うひぃ、空気が! 空気が重い!


「れ、レイスくん……?」


 そっとレイスくんの方を伺うが、返答はなかった。アリーナと同じ意見なのかもしれない。


「あの、その、喧嘩は……やめよう? もっとこう、落としどころがあるはず、だよね?」


 私としてもローブの男につながる手がかりは欲しい。けど、二人がここまで激高するってことは、私にとってあんまり良いことじゃない条件を提示されたのだろう。私としてもそんな条件をのめるとは思えない。


「このような下衆の言うこと、信用なりません。」

「下衆とは失礼だな。俺はルカに本気なんだが。それに情報は確かだ。それは保証する。」


 絞り出すようなレイスくんの言葉に、飄々としたニックくんが答える。


 しばしの硬直の後――


「わかった、時間をやるよ。俺の持ってる情報の価値、よく考えてみるんだな。」


 ニックくんが肩をすくめておどけて見せた。


「考えるまでもないだろう。貴様など信用できない。」


 レイスくんは100%敵対モードだなこれ……。少し頭を冷やした方がいい気がする。


 ……うう、空気が重たいよう。アリーナも取りつく島がなさそうだし。もうここは私が一肌脱ぐしかないか。


「ねぇニックくん。商人の命は?」


 私の突然の質問に、驚いたようにニック君が答える。


「ん? さっきも言ったろう? 情報だ。」

「情報と信用、だよ。今のニックくんには信用が足りてないんだよ。」


「この保護者たちに、どうやって俺を信用させるんだ? どうせ何を言っても信じないだろう?」


 心外そうにニック君が答えた。確かに、もうレイスくんもアリーナも、完全にニックくんを敵とみなしてるみたいだから、ここから信用を勝ち取るのは至難の業だろう。


「いきなり大口取引をしようとするからいけないんだよ。もっと他に、小さな情報とか持ってない? それに見合った対価なら、払えるかもしれないよ?」


「ルカさん!」

「ルカ!」


 私の譲歩に、二人から叱責が飛んできた。「お前は何を言っているんだ」という空気がありありと見える。でもニックくん、信用できると思うんだ。だから二人が彼を信用できれば、ローブの男の情報が得られるんじゃないかな。


「ふーん……なるほどな。じゃあ別の商品を用意してみるよ。だが対価はルカ、おまえだ。そこは譲れない。」

「わかった。じゃあこっちもさっきの取引を含めて、家で相談してくる。それでいい?」


 私のニックくんへの返答に食い気味に


「ルカ!!」


 と、アリーナの叱責が飛んできたけど、だってこのままじゃ、らちが明かないじゃん。情報は欲しいもの。


「オッケー、それで行こう。新しい商品、楽しみにしててくれ。じゃあな。」


 ニックくんは、襟をつかんでいたレイスくんの手を叩き落として踵を返し、そのまま食堂を後にした。



「ねぇレイスくん、アリーナも落ち着こう? 帰ってから赤竜おじさまと一緒に考えてみようよ。よくわからないけど、私にできることはやってみるしさ。」


 二人の視線が痛い……けど「ここ、まだ学園だから、ね?」となんとかとりなして帰路に就いたのだった。




 その後、私には「公爵子息と子爵子息を手玉に取る悪女」とかいう噂が追加されたのを知るのは、また別の話である。

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