第19話 ニックくん再び 2

 翌日からのアリーナがすごかった。


 レイスくんがべったりなのは今まで通りなんだけど、レイスくんが居ないときはアリーナがべったり張り付くようになった。


 それこそお誘いされたお茶会を断ってでも、私を一人にしないという硬い意思を感じた。


 レイスくんが合流してからお茶会に行くこともあるようだけれど、お茶会がないときは一緒に図書館までついてきた。


 アリーナに「どうしたの?」って聞いても「お気になさらず」としか返ってこない。解せぬ。


 図書館の中でも一人にさせてくれない。レイスくんかアリーナ、どちらかが私のそばにいる。


 過保護が過ぎる……。もう変な奴に絡まれても追い払えるのに。


「それができていたら、よかったのですけれどね。」とか言われた。何故かアリーナが辛辣だ……


 なんだか読書に集中できず、ニックくんに言われた「遠巻きに見られてる」というのが頭をよぎったのでこっそり周囲を伺ってみる。


 ……なるほど。あちこちに男子生徒の姿があって、ちらちらとこちらを見ているみたいだ。


 視線を感じたレイスくんが睨みを利かせると、相手の子はサッと顔をそらしていた。


 まさか、いままでもそのようなことをなさっておいででしたか? なんか手馴れてるんだけど。


 そんな二人の鉄壁ガードに囲まれた私に、ニックくんはスルッと近づいてきた。


「ようルカ! ちょっといいか?」


 今日もニックくんは、どこか憎めないような、それでいて意地悪な笑みを浮かべている。


 ――うわ、レイスくんとアリーナの警戒レベルが物凄い上がった気がする……。


「なーにニックくん、なにかご用?」


 気づかないふりをしてニックくんに応える。


「食堂で少し話そうぜ。さっきからページ、進んでないだろ。休憩して気分転換とかどうだ?」


 レイスくんとアリーナの強烈なプレッシャーを意にも介さず、ニック君は続けた。なかなかいい根性してるなぁ。


「ニコラ・ケール子爵子息でしたかしら? 私のルカに何か御用?」


 アリーナが私以外に、絶対零度で言葉をかけるのを初めてみたきがする……こわい……。


 淑女の微笑を浮かべているけれど、敵意を隠そうともしていない。いやあの、“アルルカ様”、穏便にお願いします……。


「ああ、王女殿下。あんたの侍女、少し借りるぜ。――行こうぜルカ。」


 ニックくんが私の手を取って自分に引き寄せた。――だから! 近い! 距離感が近いって!


 思わず赤面してしまう。いやあの、できれば手を放していただきたいのだけど。


 と、そんなニックくんの手首をレイスくんが掴んだ。


「――嫌がっているご令嬢に無理強いは感心しないな。」


 うーむ、レイスくんも完全敵対モードだ。言葉のとげを隠そうともしていない。


 っていうか私、嫌がってるのかな?


「……保護者の登場、か。なぁルカ、お前、嫌がってるのか?」

「う……わかんない……。でもとりあえず! 近い! 少し離れて!」


 それを聞いて、やっとニックくんが手を放してくれた。


 私はその隙に、さっとレイスくんの背中に隠れる。空気が重たいなぁ……。


 ニックくんは何故か余裕の表情だ。意地の悪そうな笑みで私とレイスくんを眺めている。


 レイスくん、なんでそんなにニックくんを敵対視するの……アリーナもだけど。


「――ルカ、アレイスト様、食堂へ行きましょう。確かに少し休憩が必要かもしれませんね。」

「……わかりました。本を片付けてきますので、少しお待ちを。」


 レイスくんが手早く本を積み上げて司書のところに持って行った。


 その間、私とニックくんの間には“アルルカ様”が立ちふさがっていた。……王女と侍女って普通、立場が逆にならないかな。いいのかな。


「お待たせしました“アルルカ様”。行きましょう。」


 レイスくんが合流して3人で食堂に向かった。……その後ろをニックくんが、妙に楽し気についてきている。


 私はレイスくんとアリーナに挟まれていて、あまつさえレイスくんは私の背中に手を回している。ガッチガチガードですね。

 私たち(とニックくん)は無言のまま食堂まで行って、紅茶を注文してテラスの席に着いた。


 そこに何食わぬ顔で割り込んでくるニックくんは多分、心臓に毛が生えていると思う。


 私の左手はアリーナ、右手はレイスくんが固めているので、必然的にニックくんは私の対面になる。


「いやー、“保護者様”たちのガードは今日も鉄壁だなぁ。ルカは愛されてるんだな。」


 ニックくんは紅茶を含みながら不敵な笑みを浮かべている。周囲の生徒たちは、何事が起こっているのかわからず、その珍しい光景を遠巻きに眺めているようだ。


「えーとニックくん、すごい度胸だね……」


 おもわず正直に言ってしまった。いやだって、レイスくんもアリーナも、不快感全開で隠す気ないんだもの。この空気の中で笑いながら同席するのは並大抵の神経じゃないと思う。


「取引したい。」


 ニックくんが笑いながら切り出してきた。どういう意味だろう?


「竜の巫女、あんた、今何か問題を抱えてるだろう? 俺が知ってる情報を売る。代金として、ルカをくれ。」


 ……ぱーどぅん?


 私はもとより、レイスくんとアリーナの表情も硬直した。レイスくんは警戒レベルを最大まで引き上げたようで、プレッシャーがすごい。


「――なぁルカ、お前なら遮音の結界、張れるんじゃないか? この席の外に音が漏れないようにしてくれ。」


 ニックくんが急に笑みを消して頼んできた。ええ、まぁ使えますけどその魔法。浮遊魔法より簡単な術式だし。


 どうしようかとレイスくんとアリーナの目を見る。レイスくんは迷っているようだったけど、アリーナは少し逡巡した後、頷いた。


 許可が出たので、私は4人を取り囲むように遮音の結界を構築する。これで私たちの話し声は外に漏れない。


「はい、張り終わったよ。」

「お、早いな。ありがとよ。じゃあ本題だ。」


 ニックくんが再び不敵な笑みを張り付ける。


「商人てのは情報が命でな。つまり――誘拐事件のことも、それにルカが巻き込まれていたことも知っている。」


 私とレイスくん、アリーナは黙って先を促す。


「次の休日、3日間ルカを貸してくれたら、“黒いローブの男”に関して協力することができる。」


 レイスくんの目が見開かれた。それは前者でなのか、後者でなのか――


「――俺はその3日間でルカを落とす。」


 ニックくんは自信満々に宣言した。

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