第11話 それでもわたしは無鉄砲!

 毎朝の礼拝を済ませると、制服に着替え食卓に向かう。まだ神竜様の声は届かない。


 レイスくんとの教練は一回やってみたが、まるで相手にならなかったので「回復するまで控えましょう。」ということになった。


 宮廷魔術師や宮廷医師にも見てもらったのだが、「特に異常はありません。」とのこと。


 未熟な魔術師が、稀に似たようなことを起こすのだという。許容量以上の魔力を一度に使ってしまうと、回復まで数日かかるのだそうだ。


 あれから一週間経つが、私の魔力が回復する兆候は見られない。力を振るえない自分が歯がゆく、世のご令嬢はこんなに心細いのか、と痛感した。


 今まで男性を怖いと思ったことはなかった。力で捻じ伏せられるからだ。それが今や逆の立場である。害意がないとわかってはいるが、自分より体格に勝る男性を、どこか恐ろしく感じてしまう。


 「ルカ様には良い薬じゃないですか?」とアリーナは言うけれど、普段より私を気遣う言葉が増えたと思う。


 レイスくんは私の代わりに、武官を相手取って教練を続けていた。「彼は筋がいい」と武官達は笑っていたので、可愛がられているようだ。


 朝食を終え、馬車に乗り込む。馬車には武官達が護衛に付いている。


 そこまでしなくても、と言ったのだが「今のご自分の置かれている状況をご自覚ください。」と諭されてしまった。


「ねぇレイスくん。私の魔力、いつ戻ると思う?」


 詮のない質問をしてしまう。


「アルルカ様の魔力は桁外れだったようですから、私にも予想は付きません。朝から晩まで身体強化を維持し続けるなど、尋常ではないですから。」


 レイスくんに苦笑で返されてしまった。


 今までそれが『神竜様の加護』だと思っていたのだが。じゃあ神竜様の加護っていったいなんだろう?


「授業が終わり次第、迎えに行きますから、教室で待っていてくださいね。」

「大丈夫だって。学園はちゃんと警備がいるでしょう?」

「それでも、です。 決して一人で行動しないでください。」


 レイスくんが甘い。過保護に過ぎる。


 そんな私たち二人のやり取りを見るアリーナに、なにか生暖かいものを感じるのは気のせいか。




 今日の授業が終わり、私は一人で教室に佇み、窓の外の風景を眺めていた。


 “アルルカ様”はご令嬢たちとのお茶会に向かって行った。


 「ルカも同席してはいかが?」と誘われたが、「レイスくんがすぐ迎えに来るから」と断った。


「レイスくん、遅いなー。」


 とっくに迎えに来てもいい時間は過ぎている。ただ待つのは退屈だ。


「……先に図書館に行ってようか。」


 教室に居ないのを見れば、レイスくんなら私の行く先などすぐにわかるだろう。


 私は教室を後にした。




 図書館に向かう廊下の先で目に入ったのは、男子生徒に絡まれている女生徒だった。


「なぁあんた、ちょっとつきあえよ。」

「あの……やめてください……」


 うーん、これは質の悪いナンパ、というやつだろうか。


 ネクタイとリボンの色から判断するに、3年の男子が1年の女子に絡んでいるようだ。


「ちょっとあんた。嫌がってるでしょ。その辺にしときなさい。」


 おっと、思わずいつもの癖で口に出してしまった。まぁ見てしまった以上、見過ごすわけにもいかないし。


 男子生徒は、邪魔されたことに腹を立てたのか、不機嫌そうにこちらを睨みつけてきた。


「なんだお前?」

「いいから早く、彼女から離れなさい!」


 女子生徒は男子生徒に手首をつかまれているので、動こうにも動けないようだった。しょうがないなー。


 つかつかと近づいて、女子生徒の手首をつかんだ男子生徒の手首を握りしめる。


「この手を放しなさい、と言ってるの!」


 普段なら、その手首を握りしめてやれば痛がって手を放すのだろうが、今の私は大変非力である。悲しみ。


 私を見る男子生徒の目付きが変わった。


 どこか嗜虐心めいたものを感じる。


「……ふーん。あんたもイケてんじゃん。じゃあ、あんたが俺と遊んでくれよ。」


 男子生徒は女子生徒の代わりに私の手首を締め上げた。


 女子生徒が解放されるのを確認する。彼女は怯えて足が竦んでいるようだ。


「そこのあなた! 今のうちに逃げなさい!」


 私の声に弾かれるように、女子生徒は駆け出して行った。


 男子生徒はニヤニヤと下卑た笑みで見下ろしてくる。


「へぇ……ずいぶん勇敢だねぇアンタ。でも、もうちょっと状況を理解した方がいいんじゃねーかなぁ?」


 身長150センチに満たない私からすると、180センチくらいありそうな男子生徒は山のように思えた。


「ん~? 震えてるの? そんなに心配しなくても、優しくしてやるからよ。」


 震えてる? 私が? そんな馬鹿な、と思ったものの、確かに手が震えている。実際無茶苦茶怖い。

 男子生徒の下卑た笑いが癪に障る。何より距離が近い。


 腕を振りほどこうと力いっぱい動いても、距離を離そうと暴れてもびくともしない。


 まずいな。足も震えてきた気がするぞ。さてどうしたものか。


「そら、こっちこいよ!」


 男に引きずられるように、どこかへ連れて行かれそうになる。必死に抵抗するがまるで効果がない。

 まずい、まずいぞ。そっちは人気のない方向だ。なんだかよろしくない気配がする。


 「やめてください!」と叫んだつもりが、声にならなかった。おっと、喉まで怯えてるのか。我ながら軟弱で困ったものだ。


 怯えながらもどこか冷静な私を、男子生徒はずるずると引きずっていく。


 意を決して大きく息を吸い込み、目を瞑って精いっぱい叫んでみた。


「やめ――」


 蚊の鳴くような私の声と、ゴガッ、という音が頭上で聞こえたのが同時だった。


 手首の拘束がない。そっと目を開けて見上げると、見たことのないレイスくんがそこに居た。


 怒りに満ちたその表情は、廊下の先を睨みつけていた。そっと視線を追ってみると、だいぶ離れた場所に男子生徒が倒れている。


 ――レイスくん、それ身体強化して殴ってないかい?


「大丈夫ですかルカさん!」


 呆然としてる私にレイスくんが話しかけてきたが、それを聞いた瞬間、私は床にへたりこんでしまった。


「あはは……だいじょうぶ。レイスくんの声を聴いたら、なんか安心しちゃって……」


 改めて自分が震えているのを自覚する。男性ってあんなに怖いものなのか。という思いと、レイスくんってこんなに安心できるものなのか。という思いでなんだか複雑な心境である。


 倒れている男子生徒の方に恐る恐る目をやると、まだ倒れた格好のままだった。どうやら完全に気絶しているようである。――レイスくん、殺してないよね?


 痛まし気に私を見るレイスくんに背中をさすられているうちに、だんだんと落ち着いてきたのか震えは止まった。


 歩けるようになった私は、レイスくんの後について近くの警備員に男子生徒を引き渡した。


「これからどうしますか。図書館に行けますか?」


 レイスくんの声が優しい。朝より20%くらい増量している気がする。


「うーん……読書に集中できる気もしないし、帰ろっか。」

「わかりました。……今日は遅れて申し訳ありません。」


「え、いやなんでレイスくんが謝るの? 助けてくれたじゃん。」

「怖い思いをさせてしまいました。」


「結果的に何もなかったんだから、それでいいんだよ。勝手に一人で行動した私も悪いんだし。」

「アルルカ様を守るのが私の役目でもあります。本来なら、ああなる前に止めるべきでした。」


 深々と頭を下げるレイスくんに、なんだか申し訳なくなる。と同時に「役目、役目かー」となんだか残念に思う自分に戸惑ってしまう。


「……レイスくん。私のことはアルルカじゃなく、ルカって呼んでいいよ。」


 自分の口から飛び出た言葉に自分でびっくりした。家族以外にその名を許したのはアリーナだけだ。


「ルカ様、ですか?」


 顔を上げたレイスくんはびっくりしているようだ。


「そう。ほら、学校でルカさんって呼ばれてるし、普段からルカって呼んでればうっかり間違えないかなー、とか……」


 思わず私の目が泳いだ。それに。


「あと、今日助けてくれたお礼!」


 なんだか気恥ずかしくて笑ってしまった。レイスくんの目をまともに見れない。


「わかりました。ではこれからはルカ様とお呼びします。」


 にっこりと笑うレイスくんの笑顔が眩しい。思わず目を細めてしまう。


「今日はどうして遅くなったの? いつもはもっと早いよね?」


 照れ隠しに質問してみた。


「ご令嬢方に捕まってしまいまして……抜け出るのに時間を取られました。」


 あー。レイスくんモテそうだもんねぇ。とからかったら「ええまぁ。」と返ってきた。案外自信家だな?!


「そんなにモテるなら、ご令嬢方のあしらいかたも慣れたものなんじゃないの?」

「女性の扱いに慣れることはできませんよ、私は。そう器用ではないので。兄上は女性の扱いも得意だったようですが……」


 あー公爵家のご長男様か。そりゃあご令嬢垂涎の的だし、必然的に扱いにも長けるよなー。


 そんなとりとめのない会話をしつつ、迎えの馬車が来るのを待ち、帰路に就いた。




 捕まれていた手首は痣になっていて、夜になってアリーナから詰問され、今日起きたことを全部白状させられた。そのうえみっちり説教までされてしまった。


 涙目で怒るアリーナに申し訳ない気持ちになり、ひたすら謝り倒した。

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