第10話 天敵は駆除!
武官達が手早く魔物を始末した後、私たちはまた隊列を組んで進んでいた。
レイスくんが「大丈夫?」とか「もう終わったよ?」などと、声をかけながら背中をさすってくれる。
大丈夫でもないしまだ終わってもいない。ないわー。マジないわー。なにあれ。天敵すぎる。
「殿下は大の虫嫌いだからな……」
武官が警戒を続けながら苦笑する。
いや、だって。好きなやついるの?! 少なくともそいつとお友達になれる気はしない。無理なものは無理なのだ。
正直、あんな魔物の巣窟に侵入している、と考えるだけで震えが止まらないくらいだ。
警戒網は球形で半径30メートルにまで広げた。かなり疲れるが、緊急事態なのでなりふり構っていられない。
……うげぇ、うじゃうじゃいる。無理。超絶無理。
「ねぇ、帰らない?」
思わずレイスくんにこぼしてしまった。声が震えてしまったのが自分でもわかった。
「……ぷっ。」
レイスくんが堪え切れず、お腹を抱えて笑っていた。人の失態を笑うとはなんて奴だ。思わずむくれてしまう。
「いや……ごめ……まさか……そんな弱点が……あるなんて思わな……くて……」
そんな笑いながら、無理にしゃべらなくてもいいぞレイスくん。呼吸困難で死んでしまうぞ。
私の冷たい視線に気が付いたのか、笑い過ぎて落ち着いたのか。ようやくレイスくんは呼吸を整えた。
「レイスくん……ず・い・ぶ・ん、楽しそうだね?」
「いやーそんなことは……ナイヨ。」
私が絶対零度の視線で睨んでいると、さすがに「まずった」と思ったのか、レイスくんもしどろもどろに弁解を始めた。
「ああもう! まだまだアレがいっぱいいるんだから、先に行って倒してきて! 私の! 視界に入る前に!」
バンッ! とレイスくんの背中を叩いて先頭に押し出してやる。「早く行って!」と促して斥候のケビンさん、武官二人と共にレイスくんを先行させる。
私は残った武官二人と一緒に、ゆっくりと後を追った。
魔物の殲滅状況は警戒網でおおよそわかる。特に手間取ることもなく、あぶなげなく倒しているような感じだ。
そのまま5階層を踏破し、6階層目最後の一匹とみられる反応も消える。
最下層目前で合流した私たちは、最後の打ち合わせを行う。
「今まで通り、私たちが前に出て、殲滅し終えたら殿下と一緒に最下層を探索しましょう。それでよろしいですね?」
私は青い顔を隠さずに首を横に振る。警戒網の反応を数えるまでもなく、3人――たとえ私以外全員で殲滅に当たったとしても攻略は難しいだろう。そう思える数の反応がある。
「考えがあるの。私が先行するから、みんなは絶対に私より前に出ちゃだめよ。」
先ほどの醜態を覚えているレイスくんをはじめ、武官達も理由がわからず返答を躊躇っている。
「ケビンさん。最下層は大きく開けた場所になってない? 天井の高さもそれなりにありそうなんだけど。」
「ああ、その通りだ。よくわかったな。だが魔物は先ほどと同じ、巨大昆虫型が生息するだけだ。」
私はそれを否定する。警戒網を立体的に展開しているから動きがよくわかるが、この魔物は跳ねまわっている。少なくとも先ほどと同型ではない。
「理由はわからないけど、そうではないみたい。だから私が前に出て一気に殲滅します。」
「はぁ……殿下がそうしたいというのであれば、止めはしませんが……」
やや不安な顔を隠さぬ武官を背に、私は最終階層へと続く道を下って行った。
******
「なんの音だ?」
遠くの方から、土に何かを叩きつける音が響いてくる。小さいが確実に。近づくにつれて徐々に大きく響くそれは、雨音のようだ。
「そろそろね――絶対、何があっても私の前に出ないでね。」
くどいくらい武官達に念を押す。前に出てこられては邪魔なのだ。心底恐ろしいと思うが、今の戦力でこれに対抗するには私が頑張るしかない。
すでに会話をするのが難しいくらいの音が周囲に鳴り響いている。地鳴りのような音は振動を伴い、進路をゆすっている。頑丈な道でよかったと思う。
私はゆっくりと松明をかざしつつ前に出る。緊張で喉が渇く。何が起きても対応できるよう、必死に自分を叱咤する。
下り通路の終わりが見える。じわりじわりと進む。背後の彼らにはまだ、音の正体がわかっていない。
警戒網はその意味をなさないほど、広い空間を飛び回る大量の反応をとらえていた。
私が最下層に一歩足を踏み入れた時――それは不意に重量物の落下音と共に目の前に落ちてきた。
バッタの様でバッタではない脚。太く膨れ上がった胴体。牛よりも巨大な――カマドウマ。それが私の1メートル先にいた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
覚悟を決めていたとはいえ、声にならない悲鳴を上げてしまった。それに反応したかのように、地面を鞭で叩くかのような音と共に巨大カマドウマは姿を消した。跳躍が速すぎて、この暗闇では目で追うことは無理だろう。
あんなのが何十匹も同じ空間に居るという事実。背後の武官達も事態を飲み込めたようだ。明らかに戦力不足である。
私が震えているとまた新しい個体が目の前に降ってくる。今度はさっきよりも近い。手を伸ばせば届きそうだ。私はそこで頭が真っ白になり――
気が付いた時には、新しい悲鳴と共に《火竜の息吹》を口から放射していた。
真っ白に輝く火炎の奔流は最下層全体を一気に浸食し、魔物を焼き払った。私は全力を出し過ぎた反動で眩暈を覚え、床にへたり込む寸前に誰かに支えられた。
「アルルカ様! 大丈夫ですか!」
あー。その声はレイスくんか。武官達も続いて声をかけてくる。
先ほどまでの激しい雨音のような振動は消えていた。無事に最下層全体を焼き払えたようである。警戒網は……消失していた。維持する魔力も出せないみたいだ。
「ごめん、少し休憩させて。力加減を間違えた。」
レイスくんに手伝ってもらい、壁に背中を預けて座り込んだ。レイスくんも隣に座りこむ。
その間、ケビンさんや武官達が周囲を見回っているようだった。
「すげぇな。燃えカスひとつ残っちゃいねぇ。」
ケビンさんの呆れるような声が聞こえてくる。
まぁそれはそうだろうと思う。竜の息吹は遥かに高位の魔物ですら滅することができる――らしい。実際には見たことも試しこともない。
本来の竜の吐き出す息吹であれば、上空を飛行しつつ地上を焼き尽くす事も可能だという。
私にはそこまで肺活量がないので、どの程度の炎を吐けるか解らなかった。
先ほどの火炎の大きさから察するに、単純な肺活量ではなく魔力との相乗で大きさが決まるのではないか。そんな気がした。
ようやく眩暈も落ち着いて気分もよくなってきたので、隣のレイスくんに礼を言う。
「ありがとう、もう大丈夫みたい。」
「うん。顔色もいいね――立てる?」
レイスくんが先に立ち上がり、手を差し出してくれた。ありがたくその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。大丈夫そうだ。
そうしているうちに武官達が私たちの元に戻ってきた。
「殿下、もう少し休まれても――」
「いやー、もうだいじょうぶー。なおったからー。」
心配そうな武官に、へらっと笑って返してやる。まぁ、故郷で見せたこともない醜態だ。心配なのもわかるけど。
多分あの眩暈は魔力切れだろう。今まで経験したことはなかったが、魔力を使い過ぎるとなるらしい。
張り巡らせていた警戒網も解けているし、再度構築しようとしてもうまくいかないようだ。
「それより、何か変わったものは見つかった?」
「いえ、これといって何も……きれいさっぱりなくなってます。」
「今までこのダンジョンで、先ほどの個体を見かけたことは?」
「いや……ないな。別のダンジョンでなら見たことはあるが、あそこまで巨大なものは初めてだ。」
ケビンさんが言う限り、まぁやっぱり異常事態なのだろう。
その異常事態の元凶なり、手掛かりなりがここにあると踏んでいたのだけれど……火炎で燃え尽きたのか、ここにはなかったのか。今になってはわからない。やっぱ力加減を間違えたなー。
「そう――じゃあ、もうここにいてもしょうがないわね。地上に戻りましょうか。」
「そうしましょう。では失礼して――」
するっとレイスくんに横抱きにされてしまっていた。え? いやこれはいわゆるお姫様抱っこというやつかな? 子供じゃないんだし、これは恥ずかしい。
「ちょっと! レイスくん? こんなことされなくても、自分で歩けるんだけど!」
なんとなく顔が火照ってる気がするが、無視して抗議の声を上げる。
レイスくんはにやりと人の悪い笑みを浮かべている。
「アルルカ様は気が付いてないようですが、今のアルルカ様は普段の馬鹿力を出せていませんよ。」
「そんな馬鹿な。」と、強引にレイスくんの腕から逃れようとしてみたが……がっちりホールドされてしまいビクともしなかった。
「まるで普通のご令嬢を相手しているかのようですよ。」
なにがおかしいのか、レイスくんは微笑ましそうにしている。普通のご令嬢ってマジか。こんな非力なの?
「でも重たいでしょ? 大丈夫だよ歩けるし。」
「鍛えてますのでご心配なく。羽のように軽く感じます。それに、ご令嬢がここまでの道を引き返して上っていくのは、大変かと思いますよ。」
「それなら武官の誰かに」と言えば「まだ魔物が残っている可能性があります。一番弱い私が引き受けるべきでしょう」と返され、「ケビンさんに……」と言えば「それでは斥候を果たせませんよ」と返される。
どうやら他人に譲る気は一切ないらしい。
「殿下、公爵子息のおっしゃることも一理ありますし、素直にご厚意に甘えるのがよいかと。」
と、武官にまで言われてしまう始末である。ぐぬぬ。仕方がないので従うことにした。
地上までの帰路で途中、ネズミには遭遇したが無事撃退できたようだ。
私はずっとレイスくんの胸から逃れようと、必死に暴れまわったのだがビクともしなかった。なんか悔しい。
「おそらくアルルカ様は、魔力特化型の体質なのでしょう。」
ジョズのダンジョンから王都への帰路、一頭の馬に相乗りしているレイスくんが言った。
なんで相乗りになったかというと、魔力切れから回復していない私には馬を乗りこなせなかったからだ。力が入らないと、こうもままならないものなのか、と愕然としてしまった。
私が乗ってきた馬は、ケビンさんが手綱を引いてくれている。
「つまり、今が本来の私の体力ってこと?」
「そうです。鍛錬をこなしても、負荷のほとんどを肉体ではなく、魔力で対応してしまったために肉体は鍛えられなかったのではないかと。」
意識して魔力を使うことは滅多になかったが、無意識に垂れ流していたとすれば……そういうこともありえるか。
えー、じゃあチビなのも華奢なのも、そのせいってこと?
「相当レアな体質だと思いますし、恵まれているとも思いますが、無意識に身体強化をしてしまう、というのも困りものですね。」
身体を鍛えたくても鍛えられない、ということだ。ガチムチマッチョになりたい訳ではないが、こうして魔力切れを起こしてしまうとなんとも心細い。
だからといって、今の姿を他人に見られたら、と思うと恥ずか死ぬ。武官達には強く口止めをしてある。街に入る前に魔力が回復するよう神竜様に祈った。
レイスくんのエスコートは、公爵のタウンハウスに帰っても続いていた。
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