第9話 いざダンジョン!
翌朝、馬を駆り王都を出立した。ジョズのダンジョンまで片道5日くらいらしい。その間、学校はお休みさせていただいた。
メンバーは私とレイスくん、ドラクルの武官4名と道案内の冒険者が1人。アリーナはお留守番である。初級ダンジョンに対してだいぶ過保護だな?
「調子が落ちているのですから、用心するに越したことはありません!」
と、アリーナに押し切られてしまった。必要ないと思うんだけどなー。
神竜様の加護を受けた竜の巫女のローブは置いてきた。さすがにあれは目立つし、“アルルカ様の侍女”が身に着けるわけにもいくまい。
私が騎乗できることをレイスくんは驚いていたが、10歳のころからポニーを乗り回していたと伝えたら今度は呆れられた。なんでじゃ。
道中は何事もなく進み、5日目の昼にはダンジョンに到着した。遠巻きに様子を伺うが、今のところ何かが起こっている様子は見られない。やはり降りてみるしかないか。
「じゃ、中に入ろうか!」
振り返りレイスくんに声をかける。レイスくんは未だに困惑しているようだ。
「アルルカ様、本当にご自分で潜られるのですか? 専門の冒険者に任せた方がよいのでは……」
「私の体調の専門家なんてものが居るわけないでしょ。私が行かなきゃわからないと思うけど。」
「それは……そうなんですが……」
私が同行することに納得しきれないレイスくんの背中を、武官の一人が笑いながらバンバン叩いてくる。ちょっと痛そうである。
「公爵子息は心配性ですなー! 殿下なら問題ありませんよ。我々もついておりますしな!」
ドラクルの武官たちは私のことをよく知っている。だからこその信頼感なのだが、レイスくんは私の不調もあって不安なのだろう。
レイスくんが不承不承頷いたところで、案内役の冒険者が口を開く。
「では行こう――皆、俺の後についてきてくれ。戦闘は任せる。」
彼はレイスくんが手配してくれた、斥候を専門とした中堅冒険者だ。ケビンと名乗った彼は、普段は索敵やマッピングを担当しているらしい。罠の解除もそれなりにできると言っていた。
長い前髪が目にかかった陰鬱な印象の男だが、実力は確かだとギルドから推薦されたとか。
ケビンさんを先頭にダンジョンに潜っていく。私とレイスくんを挟んで武官が2名ずつ、縦長に並んで進んでいく。
ダンジョンは坑道のように、土をくりぬいて補強したような作りだ。明かりはないので松明をかざしながらの探索となる。
こんな道が地下7階まで続いているのだという。まぁ、ちょっとは気が滅入る。
(念のため、警戒魔法を張っておくかなー)
範囲は平面方向に15メートル程度、自分を中心とした円周状にそっと警戒網を張る。今のところ敵性反応なし。
ケビンさんは迷いなく進んでいく。と、ケビンさんがわずかに身構えるのと同時に私の警戒網に反応があった。
「なんかでましたー?」
「シーッ!」
ケビンさんが口に指を当てた。彼は音で索敵をするタイプのようだ。まぁあの前髪じゃ見えないしな。
奥の方からネズミの鳴き声が聞こえてくる。「大型のネズミですよ。」とレイスくんが耳打ちしてくれた。
ケビンさんは慎重に歩を進めている。が。まどろっこしい!
「私、ちょっと片付けてきますねー!」
レイスくんから松明をひったくり、その場に言葉を残して走り出し、ケビンさんの横を突っ切っていく。
「あっ! ちょっ!」
ケビンさんの声を無視して私は加速していく。
警戒網に引っかかったのは3つ。3匹のネズミかー。
すぐに目の前にネズミが現れた。1,2,3匹。隠れる様子はないかな。大型犬サイズなので思ったより大きかった。
「ほっ!」
とりあえず邪魔な松明を空中に放り投げる。
松明に照らされたネズミの位置を確認。手始めに目の前のネズミの頭部に向かって、“全力”で拳を繰り出す。パゴッっといい音が鳴り響いてネズミの頭部が弾けた。
他のネズミが反応する前に素早く近づいて同様に頭を潰していく。破裂音が追加で2回鳴り響いた。
軽く手を振るって血を振り払い、空中で回転する松明をキャッチする。ビシャアと色々なものが地面にまき散らされる音が聞こえた。
「おーい! もういいよー!」
私は振り返って、遠くにいるレイスくん達に声をかける。周囲15メートル以内の反応はない。
「殿下、相変わらずですなぁ!」
武官達が楽しそうに笑っている。
まぁ故郷でも魔物相手に暴れたことがあるからなぁ。彼らはそれを知っている。
「これは……アルルカ様、どうやって倒したのですか……。」
松明に照らされた死骸を見た通り、一撃で頭部を粉砕×3しただけである。
「どうやってって……これで殴ってだけど?」
レイスくんの目の前に血塗れになった両拳を持ち上げて見せる。あんまり汚れるのは嫌なので、革のグローブはしているが。
「あの一瞬で?!」
レイスくんとケビンさんは、信じられないものを見たような表情をしている。
「不調なんですよね?!」
「そうだね。だいぶ調子悪いね。」
「いつもと全然動きが違いましたけど?!」
「そりゃ、人間相手に全力だしたら相手が壊れちゃうし?」
「毎日の組手は加減してくれてたんですか?!」
「そうだね。ケガさせないように気を付けてたよ?」
レイスくんの表情は驚きと落胆でぐちゃぐちゃだ。うーん、自信を砕いちゃったかなぁ。悪いことをした。
「いやいやそんな落ち込まないで! レイスくんも十分強いって! 対人モードの私についてこれるだけでも凄いことだから!」
なんだか、私が励ますほどレイスくんの肩が落ちていくのは気のせいだろうか……。お年頃の男の子は難しいな。とりあえず放っておくか。
「さぁサクサクいきましょう! ケビンさん、先導お願いします!」
さっきと同じ隊列を組んで先を急ぐ。
何度かネズミには出くわしたが、ことごとくを殲滅していった。私が。
そのたびにレイスくんの疲れが増しているように感じる。このくらいで疲れるなんてだらしがない。
分岐路はケビンさんの的確な先導で迷うことなく4階まで踏破する。
「次は5階ですね! ここもサクサクいきましょう!」
ケビンさんは苦笑を浮かべつつ、この階も先導を始めてくれる。
この階は今までと雰囲気が変わって、螺旋状になった一本道が続き、ところどころ小さな横穴がある構造だった。
「ここもネズミが出るんですか?」
「いや、ネズミじゃないよお嬢さん。」
ケビンさんが振り向かずに答えてくれる。ネズミじゃないのかー。もうちょっと歯応えのある奴が出てくるのかな。
そう思っていると警戒網に1つ反応あり。ケビンさんが気づいてないということは、音を出すような魔物ではないってことか。
「ちょっといってくるねー!」
すでに今日何度目かの強襲をしかけるべく、私は軽やかに走り出した。
身体のキレの悪さは全力で動いてないのも一因だったのかな。動き回っていたら少しマシになった気がする。
魔物のいる方向へまっすぐ走っていくと、僅かに松明を反射するような何かが現れた。全長2メートルぐらいだろうか。だいぶ大きいな。
と、私の頭が相手の姿を正確に認識しだす。
七色に光る甲殻。円らな瞳、というか瞼などあるわけがない複眼。伸びる触覚。カナブン(?)、のでかいやつ。
私は気が付くと後ろに向かって、全速力で駆け出していた。刹那の速さでレイスくん達の元に引き返し急停止する――したかったが、勢い余ってザリザリと地面を滑っていき壁に激突した。
自らの両肩を抱き震えている私に向かって、レイスくんが走り寄ってきた。武官達は私の様子から何が起きたのかをうっすら把握したようで、剣を抜き前を警戒している。
「アルルカ様?!」
「虫……無理……。」
私はなんとか一言絞り出すのが精いっぱいだった。
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