第8話 兆候 2
午後、エルンストおじさまの私兵2名を伴って私は王都大神殿の前に居た。馬車はアリーナたちが使うので私たちは徒歩だ。
行き交う信徒の数もそれなりに多い。若い者から年老いた者、職業も様々のようだ。
人々の流れに乗って中に入り、喜捨をしてから礼拝堂に進む。ゆっくり30秒ほど静かに祈りを捧げてから神殿を後にした。
神官長に会おうとしたのだが、今は不在とのことで諦めた。対応した神官は申し訳なさそうにしていたが、アポなしでやってきた上に今は身分を隠しているので「また来ます。」とだけ伝えておいた。
「ねぇ、大神殿はいつもあんな感じ?」
帰路の途中、前を行く公爵の私兵に問いかける。
私兵の片方が顎に手を当て、僅かに思案してから応えた。
「そうですね。平日ですので礼拝する信徒の数は少ないですが、いつも通りだと思いますよ。何か気になることでも?」
「いえ、いいのよ。ちょっと聞いてみただけ。」
振り返ると、赤く染まり始めた街並みの向こう側に神殿が見える。胸のもやもやは日増しに増していくような気がした。
夕食後のハーブティーを楽しんでいると、レイスくんから声をかけられた。
「アルルカ様、神殿はどうでしたか。」
「んーそうねー。故郷の大神殿とは比べるべくもないけど、王都だけあって立派なもんだったわね。」
「そうですか……ところで、なにか気になることでもあったんですか? 急に神殿に行きたいだなんて。」
ちらりと横目で見たレイスくんの表情は、どこか真剣だ。もしかしたら気づいているのかな。
「レイスくんこそ、なにか気になることでもあるの?」
さも「別に何でもないよ」というふりをして逆に聞いてみる。
「アルルカ様、もしかしてお体に不調がおありでは?」
おっと、直球ストレート。思わず目を瞠ってしまった。まぁ気づいていたなら話してもいいか。カップをテーブルに戻してハーブティーのお代わりをもらう。
レイスくんは私の返答を待っているようだ。アリーナは……じっとこちらを見ているだけで、口を開く気配はない。
「身体というか、そうね。これは伝えていいか悩んでいたんだけど……」
2杯目のハーブティーを一口。カモミールの香りが鼻をくすぐる。
「神竜様の声が聞こえなくなったわ。」
今度こそ、アリーナの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
******
「それはいったい、どういう意味でしょうか。竜の巫女とは、神竜様からの神託を受けられる存在だと聞いています。それができなくなったと?」
レイスくんはいまいち要領を得ていないようだ。慌てていいのか、そうでもないのか反応に困っている。
アリーナは冷静に口を開いた。
「いつ頃からですか?」
「そうね、三日前からかしら。毎朝の礼拝に対する返事がなかったの。」
ふむ、とアリーナは記憶を攫っているようだ。だが私が覚えている限り、周囲に特に変わったことはなかったと思う。
「身体のキレもいまいちね。日増しに鈍ってきているかも。」
「もしかして今朝、私の攻撃が当たったのは――」
「ああ、うん。そういうこと。ああでも万全でも避けきれたかはわからないくらい、いい動きだったのも確かだから、気落ちしないで。」
それを聞いたレイスくんの落ち込み様は可哀そうなくらいだった。そっかーそんなにショックだったか。
「大神殿に赴いたのは、そこでなら神託も届くかなって、そう思って。結果としてはダメだったけど。」
アリーナも考え込んでいる。竜の巫女が――ドラクルの本殿ではないが――神殿ですら神託を得られない。まぁ割と一大事だ。
さてどうするかな、と私も色々と考えながらお茶を口に含む。
「ルカ様は落ち着いてらっしゃいますが、何か考えがおありなのですか?」
ちらりとアリーナの方を見ると、静かにこちらを見つめていた。当事者の私が落ち着いている、ということが彼女の平静さを保つ助けになっているのだろうか。まぁ彼女が取り乱したところなど、私は見た記憶がないのだが。
「そうね――ねぇレイスくん。このあたりの地図、持ってきてもらえる?」
「ウェルシュタインの地図ですか? わかりました。今用意します。」
レイスくんが彼の執事と二言三言交わした後、持ってきたのは王都を中心とした地図だった。」
「これで足りるでしょうか。」
「んー。とりあえずやってみましょうか。」
やってみないとわからないので私にも答えようがない。私は地図を広げ、その上に手をかざしながらイメージする。掌は王都の上に置く。
『地脈よ、その流れを我に見せよ。』
私の言葉に応じるように私の手が青白く光り、その光が地図の上を這うように道筋を描いていく。蜘蛛の巣のような光の筋が地図の端に至ったところで、私はそっと手を下ろした。
「アルルカ様、これはいったい……?」
「王都からの地脈――大地に流れる力の経路みたいなもの、かしら。それを映し出したのよ。」
私は王都、大神殿がある位置を指さす。そこには一際太い光の筋が通っていた。そのままドラクル王国に向かって光の筋をなぞっていくと、それは途中で途切れるように掻き消えていた。
「ねぇレイスくん。ここには何かあるの?」
「ここは……ジョズのダンジョンですね。新人冒険者や新兵の鍛錬に使うような、初級の迷宮です。」
この大陸にはダンジョンと呼ばれる、魔物が湧き出る迷宮がいくつもある。いつ、誰が作ったのかは定かではないが、魔物からは有用な資源を採取できるとして昔から重宝されている。野生の魔物よりも良質な資源を採取できるため、国家が有するダンジョンの数は国力に比例するといってもいい。
「最近このダンジョンで何かあった、とかは聞いてない?」
「さぁ、特には……」
レイス君が執事に振り返る。執事も首を横に振っているので、今のところ変調があるのは私だけらしい。ふむ。
「レイスくんはここに行ったことある?」
「はい。一度だけ。それが何か?」
「じゃあレイスくん。一緒に行ってみようか!」
「はっ?!」
私は満面の笑みでレイスくんの肩を叩いた。
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