第7話 兆候 1

『神竜様おっはよー。今日も神竜様の加護があまねく世界を照らしますように――』


 私は毎朝の祈りを欠かさず行う。習慣になっているので特に苦に感じることもない。


「……よしっと。さて、今日もレイスくんをしごいてやるかー。」


 朝の空気を部屋に取り入れて深呼吸を1つすると、侍女たちに着替えを手伝ってもらう。


 ドラクル王国からは私の侍女と護衛用の武官を20名ほど呼び寄せてあった。今はこの公爵のタウンハウスに彼らの部屋も用意してもらい、寝起きしてもらっていた。ウェルシュタイン王から警護の申し入れもあったのだが「そこまでしていただく訳には」、と断っている。元々いるエルンストおじさまの私兵とドラクルの武官を合わせれば、このタウンハウスを警備するには十分だろう。




 今朝もレイスくんを翻弄しようと、フットワークを駆使して周囲を飛び回る。


 だが3か月前とは別人のようなレイスくんは、なかなか惑わされてはくれない。私の動きに目はついてきているし、けん制をいれて動きを阻害しつつ、隙を狙って短く鋭い突きを放ってはすぐさま距離を取る。ヒットアンドウェイスタイルである。小癪な。


「見違えるようになったねー!」


 ボディを狙った突きを放つが、レイス君も危なげなく躱しカウンターを放ってくる。


「毎日お付き合いいただいてますからね!」


 顔に当たるギリギリでレイスくんの突きを躱し、レイスくんの顎を目掛けて掌を打ち上げる。いつもの流れだ――と思ったらレイスくんも掌を紙一重で避け、伸び切った私の身体に拳を突き入れた。「あ。」と思ったときには、急所にレイスくんの拳が届いていた――もちろん寸止めではあるが。


「……あーあ。ついに当てられちゃったかー。」

「感慨深いですね。アルルカ様に拳を当てられる日が来るとは思っていませんでした。」


 防具を脱いで一息つく。30分間動き回ってお互いに息を切らしていない。レイスくんの持久力も見違えるほど上がった、ということだろう。スタミナの使い方を覚えた、という方が近いか。


「しかしアルルカ様、その年齢で身体強化魔法をそれだけ維持できるのは素晴らしいですね。私があなたぐらいの頃はまだ習得すらしていませんでしたよ。」

「身体強化魔法? 使ってないけど?」

「え? 嘘でしょう?」


 事実である。いや、正確にはレイスくんたちの知っている魔法を使っているわけではない、というだけだが。


「まぁ似たようなことはしてるから、使っていると言えば使っているのかもね。」

「似たようなこと、ですか。それは竜の巫女の秘術か何かですか?」

「まっさかー。それなら母様たちも私と同じくらい動けるってことになるし。」

「そうですよね……竜の巫女が武闘派なんて話、今まで聞いたこともありませんし。」


 単に私が「力を出したい」とか「速く動きたい」と思って魔力を込めるとその通りに動ける、というだけなのだ。これを魔法と言えば魔法ともいえるのだが、術式を組んでいる訳でもないので違うと言えば違う。説明が実に難しい。魔法を封じられた場合にどうなるかは、そんな状況になったことがないので自分でもわからない。さすがに魔力を封じられたら、今のようには動けないだろう。


「じゃ、またあとでね!」


 湯浴みで汗を流し制服に着替え、レイスくんと合流して軽口を交わしあいながら食卓に着く。


 香ばしい燻製肉の香りが空腹をくすぐる。が、先にサラダにフォークを刺しパリパリと兎のように食べていく。アリーナの非難の目はスルーである。


 エルンストおじさまは普段、ガイアス公爵本邸に居るのでここにはいない。今は私とアリーナ、そしてレイスくんだけである。


「アルルカ様、学校には慣れましたか? そろそろ1週間ですが。」

「まぁそれなりにー。アリーナは慣れたー?」

「ええまぁ。ルカ様の振りをするのも慣れていますから。」


 “アルルカ様”は学園内の小さなお茶会などに毎日のように呼ばれ、交友関係を広げている。私も一緒に、とは言われるのだがお断りして図書館に入り浸っていた。


 まぁ社交界のおつきあいは“アルルカ様”に全部押し付けるつもりだったので、予定通りである。


「ねぇアリーナ、今日もお茶会に行くの?」

「そうですね。コーレイク侯爵令嬢にお招きいただいています。」


 一年生は入学からしばらく午前授業なので、午後はまるまる空いている。となれば。


「私は王都の神殿に行きたいから、別行動でいい?」


 アリーナとレイスくんが目を瞠っていた。そう、この3か月、私は神殿には赴いていない。竜の巫女としてそれはどうなんだろう、と思われてもしょうがないが。私にとって礼拝は場所を選ばないものなので必要がないだけなのだ。


「どういう心境の変化ですか? 何か悪いものでも――」

「いつも同じものしか食べてないでしょうが。巫女が神殿に赴くのがそんなにおかしなことー?」


 実に遺憾である。二人とも私をなんだと思っているんだろうか。巫女ですよ巫女。


「道はわかりますか? 私が案内できるとよいのですが……」


 レイスくんには午後の授業があるので時間が合わない。エルンストおじさまの私兵をお借りして、午後から案内してもらうことになった。


 レイスくんとアリーナは、一緒に帰宅するようお願いしておく。


「それにしてもルカ様。なぜ突然、神殿に行く気になったのです?」

「まぁちょっと野暮用よ。」


 答えた後、私は食後の紅茶を口に含んだ。

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