第5話 俺達の戦い

 俺達の攻撃が彼女に届くことはほぼ無く、ただただ一方的にやられ続けていた。痛みを感じる間もなく意識は遠くへ行っていたのだが、不思議なことに攻撃を受けているはずなのに俺が感じていたのは痛みではなく時間のズレであった。

 そんな事を何度も何度も繰り返されているように思えたのだが、俺とサワダさんに向けられた攻撃を受け止めてくれたのはタカハシさんであった。久しぶりに見たその背中は誰よりも信頼出来て頼りがいのある物に見えていた。

「二人とも強くなってるみたいだけど、攻撃の受け方が全然なっちゃいないな」

 俺もサワダさんもどうすることも出来なかった攻撃を受けきってくれたタカハシさんはこちらを振り返ることもせずにひたすら繰り出される魔法を受け続けていた。

 いくらタカハシさんとは言えあの攻撃を受け続けて平気なはずもないのだが、どれほどの魔法を食らっていてもタカハシさんが倒れることは無かったのである。今までタカハシさんの代わりに雇った人は何人もいたのだが、今のような状況でタカハシさんのように耐えられる人なんていなかったと思っていた。俺もサワダさんも反撃をするという事を考えることが出来ずにただ立ち尽くしていたのだけれど、そんな俺達にタカハシさんは檄を飛ばしてきた。

「何でもいいから反撃してくれよ。一方的に攻撃され続けるのはさすがに辛いんだわ。今まで離れていた時間の成長を俺に見せてくれよ」

 タカハシさんの言葉で失いかけていた戦意を取り戻した俺とサワダさんはそれぞれの持っている最高の技と魔法を使ってあの女性を殺すことにしたのだ。人間相手だからと言って手加減をすることなんて出来ないというのは俺もサワダさんも理解している。だからこそ、俺もサワダさんも磨きに磨き続けた最高で最強の一撃を食らわせてやるのだ。

 俺は自分の能力を限界まで高めに高めて一撃を繰り出すのだが、その速さはとても人間には認識することの出来ない領域まで到達しているのだ。あまりにも速すぎる一撃なので仮に攻撃が当たらなかったとしてもその衝撃波だけで小さな城であれば倒壊させることが出来るのだ。ただ、俺の体にかかる負担が大きすぎるため何度も使えるような技ではないのであるが。

 サワダさんも自分の中にある魔力を極めて小さい一点に全て集約することで絶対に防ぐことが出来ない魔法を使うのだが、その魔法も一度使うだけでも三日は魔法が使えなくなるほど魔力を消費するらしく実戦で今まで使ったことは無いのだ。一度発動してしまえば相手に当たるまでどこまでも追いかけていくのだが、魔法を発動するまでにかかる時間と発動した後に出来るどうしても抗うことの出来ない無抵抗になってしまう状態を避けることが出来ないのが実践向きではないのだ。

 だが、そんなことを言っていられるような状況ではない事は俺もサワダさんもわかっているので、お互いに今使える最高で最強の一撃を相手に叩きこまなくてはならない。そんな状況に置かれているのだ。

 サワダさんの極点集中魔法は無事発動し、相手に向かって徐々にスピードを上げて向かっているのを確認した俺は光速に近い一撃を確実に叩き込むためにも極点集中魔法の動向を注視していた。最初のうちは極点集中魔法から逃げるように移動していた彼女ではあったが、どこまでもついてくるという性質を理解したのか逃げ回るような事はせずに立ち止まって迎え撃つ準備を始めていた。

 俺は自分の一撃が一番スピードが乗る位置まで場所を詰めると、サワダさんの極点集中魔法が当たる瞬間に俺の攻撃が届くように態勢を整えていた。

 そして、その瞬間はあっという間に訪れて、サワダさんの極点集中魔法が当たったとほぼ同時に俺は神速の一撃を叩き込んだ。普通の人間相手に使うような技と魔法ではないという事は理解しているのだが、こうでもしないと勝てないという事を本能的に悟ってしまったのだから許してもらいたい。だが、申し訳ないという気持ちと共に、二年以上の時を費やして完成させた技を初めて実戦で使うことが出来た喜びが俺の中に湧き上がっていたのだ。

 俺は自分の繰り出した一撃の衝撃だけなら耐えられていたと思うのだが、同時に発生していたサワダさんの極点集中魔法による衝撃波に耐えることが出来ずに無様に吹き飛んでしまっていた。こんな街中で使うような技ではないと今になって思っていたのだが、壊れてしまった街並みについてどう弁明すればいいのだろうと天高く舞い上がった砂埃を見ながら考えていたのだ。

 しかし、俺の杞憂もむなしく、俺とサワダさんの繰り出した最高で最強の一撃は砂埃をあげただけでなんのダメージも与えていないようであった。俺達が戦っていた女性は舞い上がる砂埃を手で仰ぎながら俺達の前までゆっくりと歩いてくると、何度か咳ばらいをしながらタカハシさんの方へと体を向けて近付いていったのである。

「タカハシ君、こんなすごい攻撃あるなんて聞いてないんだけど。危なく怪我しちゃうとこだったじゃない」

「そうは言いますけど、モエカさんは凄く強い相手と戦いたいって言ってたじゃないですか。どうですか、二人は強かったですか?」

「うーん、そうだね。強いと言えば強いんだろうけど、最後のやつ以外は普通レベルなんだよね。ある程度のレベルならそれでもいいんだろうけどさ、これからもっと強い魔王と戦おうって言うんだったら心もとないかな」

「それって、俺みたいに二人を守るやつがいないとダメって事でいいんですよね?」

「どうだろうね。君は盾として優秀だとは思うけどさ、ただ受けてるだけだから二人の良さを活かすことは出来ないと思うよ」

「ちょっと待ってくださいよ。俺にはダメだししないって話だったじゃないですか。勘弁してくださいって」

 俺とサワダさんの繰り出した攻撃はたぶん、練習でも決まったことが無いくらい完璧に決まっていたはずだ。それなのに、この女性は怪我一つ負っていない。それどころか、衣服にも汚れ一つついていないのだ。一体どういうことなのだろうか。

「あ、二人が混乱してるみたいだからどういうことか説明しときますね。モエカさんってそういうの苦手ですもんね」


 タカハシさんの話によると、俺達はタカハシさんと別れてからも変わらずに実績を積んでいっていた。最初のうちこそ失敗しそうになったことは何度かあったのだが、敵が攻撃をしようとする前に一方的に攻撃をするという事を見付けてからは連戦連勝最短戦闘時間で戦果を挙げていったのである。俺達が主に活動している地域は特別強い魔王はいないものの、他の地域に比べると魔王の数自体は多いので俺たちの戦い方はぴったりとフィットしていたのだ。そんな俺達の噂を聞いたタカハシさんは内心穏やかではなかったようで、自分も盾役として着実に実績は上げていたのだが決して派手なモノではなく民衆に理解されにくいという事もあって、俺達二人が功績を重ねていく姿を見て不満が溜まっていたそうだ。

 そんな時に伝説の大魔法使いであり大魔王を討伐したモエカさんと出会い、天狗になっている俺達に一泡吹かせることが出来ないかと相談してみたところ、モエカさんは二つ返事でそれを引き受けたそうだ。

 ここでひとつ訂正させていただくのだが、俺もサワダさんも魔王を討伐し続けて履いたのは間違いないのだが、二人とも天狗になったことは無いし誰かに対して威張ったりもしていないのだ。これは完全にタカハシさんの妄想であり思い込みなのである。

「ちょっと待ってくださいよ。俺もサワダさんも天狗になんてなってないですし、調子にだって乗ってないですって。どうしてそう思うんですか?」

「いや、だってさ、君達二人って俺を除け者にしてたじゃない。そんな二人が活躍してるんだったら天狗になってるに決まってるでしょ」

「除け者になんてしてないですって、なんでそんな事ばっかり言うんですか」

「だってさ、俺に内緒で二人で楽しそうにしてたでしょ。俺が誘っても二人は全然遊んでくれなかったしさ、打ち上げの時だってご飯食べるだけで全然一緒に飲んでくれなかったし。そう言うのの積み重ねで信頼ってのは失われていくんだよ。その証拠にさ、二人は俺と別れてからモエカさんって言う凄い魔法使いの人と仲良くなれたのにさ、君達二人はずっと二人のままじゃないか」

「いや、別に私はタカハシ君とそこまで仲が良いというわけではないと思うんだけど」

 モエカさんは俺とタカハシさんの会話に割り込んできた。タカハシさんは少し慌てていたようだけれど、モエカさんはそんなタカハシさんにかまうことも無く俺とサワダさんの体力と魔力を回復させてくれながら話しかけてくれた。

「タカハシ君の言ってた事も少しはあっていたと思うんだけど、君達二人はまだ力の使い方を理解していないようだね。今のままでもこの世界だったら通用すると思うんだけどさ、もっと強くなってさっきみたいな技を気軽に使えるようになりたいとは思わないかな?」

「なりたいとは思いますけど、そんな事って可能なんですか?」

「可能だよ。君達は見所があるし、私のもとで修業すればすぐに強くなれるよ」

 俺は無言のまま見つめてきたサワダさんと顔を見合わせてから同じタイミングでモエカさんの方に体ごと顔を向けたのだ。

「さっきみたいに何度だって死んでも私が生き返らせてあげるから全力で技と魔法を使っていいからね。へとへとに疲れ果てたとしても私がすぐに元の状態に戻してあげるからさ。君達が望むのであれば一日に何度だって付き合ってあげるからね」

「そうだぞ、モエカさんのもとで修業して今よりも強くなるんだぞ。俺も二人を応援してるからな」

「いや、タカハシ君は今まで通り冒険に行って盾としての役割を全うするといいよ。君の能力は私のところで修行するよりも小さい実戦を積み重ねた方が伸びるからね」

「そんな事言わないで俺も仲間に入れてくださいよ」

 俺とサワダさんは大魔王を一蹴したモエカさんのもとで修業をすることになった。自分の限界を超えて死ぬ寸前まで力を出し切った状態も一瞬で治すことが出来るモエカさんのもとで技の研鑽を積むことが出来れば今以上に強くなることが出来ると思うのだが、死ぬ寸前のあの辛い状態を何度も体験することになるというのは少し気が重くなる。サワダさんも口には出していないのだが、タカハシさんの自慢話を聞いている時のような表情になっているので気は進まないようだ。

 だが、もっと強くなるためにも俺とサワダさんはモエカさんのもとで修業に励むことにしたのだ。

 まだ見ぬ強敵との戦いに備えるための時間はこれから進むのであった。

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