第4話 二人になるという事

 俺ら以外にも魔王と戦っている人達は何人もいるのだが、三人という少人数で行動している人はほとんどいなかった。戦闘要員の他に身の回りの世話をしたり交渉をしたりする人だったり道案内をする人なんかもいたりするようなのだが、俺達はこの世界に来てからずっと三人で行動していたのだ。

 俺達は野宿を強いられるほど遠くに行くことは無いし、魔王と戦うにしてもちょっとした日帰り旅行感覚で終わらせることが出来るのだ。むしろ、たった一体の魔王にそれほど時間をかける意味も分からないくらいだったのだが、それは俺達の力が強すぎるというだけの話なのかもしれない。

 他にも転生勇者と呼ばれるものは何人も見てきたのだが、俺達三人は明らかに他の人達とは強さのレベルが違い過ぎているのだ。今まで戦った魔王がたまたま弱かったという可能性もあるのだが、他の人達が苦労している魔王ですら俺達の手にかかればあっという間に討伐することが出来るのだ。

 そんな俺達の強さは国中に広まっているようで、俺達はどこに行っても熱烈に歓迎されるようになっていた。その歓迎ぶりはあまりにも過熱しており、以前の世界では味わうことが出来なかった感触を全身で噛みしめていたのだ。

「俺はさ、ちょっと他の所で戦ってみようと思うんだけど、二人は構わないかな?」

 タカハシさんがそんな事を急に言いだしたのだが、俺ととくに引き留める理由も無かったので引き留めることは無かった。サワダさんと二人というのも少し不安ではあったが、相手に攻撃される前に終わらせてしまえばいいだけかと思ったのだ。

「どこか行くあてがあるんですか?」

「ああ、連邦の商隊の護衛任務ってのが募集しててさ、絶対に突破されない盾である俺にはちょうどいい仕事なんじゃないかなって思ってね。ヨコヤマ君とサワダさんと一緒にいても俺はこれ以上成長出来ないと思うしさ、最近だと俺が二人の前に出るよりも先に戦闘が終わってたりもするんでちょっと物足りないんだよね」

 確かに、最近はタカハシさんに守ってもらう前に戦闘を終わらせてしまうことも多くなっていたのは事実だ。タカハシさんの出番が多くないという事はこちらが主導権を握れているという事なのだろうが、出番のないタカハシさんは面白くないのかもしれない。

 連邦の商隊と言えば世界中を旅してまわって商売をしているという噂を聞くし、王国内でも何度かその姿を目撃していたこともあった。世界中を旅してまわるのであればタカハシさんの盾としての役割も増えそうなのだが、それなら俺達も一緒に行った方がいいのではないかと思ったのでソレを提案してみると、タカハシさんは俺の提案など聞くまでも無く断られてしまったのだ。

「ヨコヤマ君の申し出はありがたいんだけどさ、そうなると俺が商体についていく意味が無くなっちゃうよね。俺じゃなくてヨコヤマ君が参加した方が良いって思われちゃうじゃない。そうじゃないんだよな。俺が目立つためにはヨコヤマ君とサワダさんは邪魔だって事なんだよ。邪魔って言い方は悪いかもしれないけどさ、俺が成長するためにもっと出番が欲しいって事なんだよ」

「そう言うことだったらタカハシさんの言う通りかもしれないですね。でも、またいつか一緒に戦ったりできますかね?」

「まあ、ヨコヤマ君とサワダさんがピンチになったら助けに来ると思うよ。そんな場面なんてこれから先一度も無いだろうけどね」

 最近の傾向を見る限りでは、ある程度の強さの魔王までなら俺とサワダさんだけでも十分に相手をすることが出来ると思う。タカハシさんがいてもいなくても変わらないと思うし、毎晩遅くまで飲み歩いているタカハシさんが集合時間に遅れてくることが多いことを思えば居ない方が良いのかもしれないとすら思えてしまったのだ。

 だが、そんな事は口が裂けても言うことが出来ないだろう。

「そうですね。俺もサワダさんもピンチになることなんて無いと思いますけど、その時はちゃんと助けてくださいね」

「ああ、その時はちゃんと助けるよ。離れていても二人の場所は分かるからね」

 そう言えば、タカハシさんは俺達を守るために見ていなくてもどの辺に俺とサワダさんがいるか把握しているのだった。そのお陰で俺達は何度か助けられたこともあったなと思い返していた。

「ま、二人が俺に内緒で何をしていたかは聞かないことにするよ。あんまり余計な詮索をするのも野暮ってもんだからね」


 タカハシさんと別れてから三年が過ぎようとしていた。三年という月日は長いようで短いようにも思えていた。俺はサワダさんと二人で色々なところへ出向いて魔王を倒していたのだが、タカハシさんがいなくなったことで変わったのは敵に攻撃される前にこちらから攻撃してとどめを刺してしまうようになったのと、サワダさんとほぼ会話が無くなったという事だ。

 極稀に一緒の部屋に泊まることもあったりするのだが、そんな時でもサワダさんは以前のように無口になっていて会話をする事がほぼ皆無なのだ。魔法を使う時に声を聞くくらいで日常会話をするという事が三年の間にもなかったような気がするのだ。

 タカハシさんがいた時には何度か話もしていたのだが、今にして思えばサワダさんから聞いたことは全てタカハシさんに対する不満だったような気がしていた。

 俺に対しては特に不満も無いようなので安心しているのだが、サワダさんがやりたいことや行きたい場所を教えてもらえないという事には少し不安を感じていたりもしたのだ。このままでいいのかと思ったりもしていたのだが、サワダさんはいつもニコニコとしてくれているので悪い印象はもたれていないと思う。

 いつものように魔王を倒して宿に戻ると、食事中の俺とサワダさんを取り囲む見慣れない集団に出くわしてしまった。

「あんたら二人ってさ、雑魚狩りやって満足してる自己満コンビなんだろ。そんなんで強さを誇示して楽しいのかよ?」

 俺はいきなりの事にあっけにとらわれて何も言い返すことが出来なかったのだが、サワダさんの場合はいつも通り無視をしていただけだと思う。

「なんだよ、図星だからって何も言い返せないのかよ。そんなんで伝説の勇者を名乗るなんて恥ずかしくないんですかね。俺だったら恥ずかしくて耐えられないと思うけどな」

「ちょっといいかな。俺もサワダさんも伝説の勇者なんて名乗ったことは無いけど。誰かと勘違いしてない?」

「勘違いなんてしてねえよ。ヨコヤマケンジとサワダヒサコは雑魚狩りを続けて名声を高めてるだけのクズだ。自分より弱いものしか相手に出来ないカスだ。力のある魔王には一切手を出そうとしない弱虫だ。そんな話を聞いてるんだぜ、それによ、俺達はあんたみたいに仲間を見捨てるような人間を勇者なんて認めたりしないからな」

 この人達が何を言っているのかさっぱりわからないのだが、俺がいつ仲間を見捨てるなんてことがあったのだろうか。お金を払って同行してもらったことは何度かあったりもしたのだけれど、そんな人達を見捨てるような事はしていないし、ただで誰かをこき使うという事もしていないはずなのだ。それなのに、仲間を見捨てるというのはどういうことなのだろうか。

「申し訳ないのだが、俺達が仲間を見捨てたという意味が分からないんだけど、どういう意味なのかな?」

「どういう意味って、お前らはタカハシさんを見捨てたんだろ。俺達を助けてくれたタカハシさんをさんざん利用して捨てるなんてクズだよな。タカハシさんはそんなお前らの事をかばってくれてるみたいだけどさ、俺達はお前らを許せないんだよ。あんないい人を二人で利用するだけ利用して捨てるなんて最低だわ」

 俺もサワダさんもこの人達が言っていることを本当に理解出来なかった。俺達はタカハシさんを利用していた事なんて無いし、出ていったのもタカハシさんが戦いの中で役に立てる場所に行きたいと言ったからなのだ。それなのに、俺とサワダさんがタカハシさんを捨てたことになっている意味が分からない。

「俺達でお前らにわからせてやりたいところなんだがな、魔王を二人だけで倒しちまうような化け物を相手にするなんて無理な話だ。そこでだ、俺らの代わりにお前たちを懲らしめてくれる人を呼んであるんだ。よろしくお願いします」

「あんまり気は進まないんだけどさ、とりあえず相手はしてあげるわよ。あなた達って、すごく強いって噂は聞いてるんだけど、それって本当なのか確かめさせてもらうわね」

 俺は初めて会ったこの女性から向けられる殺気に耐えることが出来なくなりそうであった。こうして目の前に立っているという自分の勇気を褒めてやりたいという思いもあるのだが、あまりにも怖すぎて動く事すら出来ないという気持ちもあるのだ。怖いからこそ強がっているのか、それは俺にもわからなくなってしまっていたのだが、俺の隣にいるサワダさんは完全に戦意を失って座り込んでしまっていたのである。

「大丈夫、何回でも生き返らせてあげるから安心していいからね」

 その言葉を聞いだだけでも死んでしまいそうな思いだったのだが、何回でも生き返らせてあげるという言葉の裏には何度でも殺してやるという意味があるんだという事に気付いたのは、数えきれないくらい死んで生き返った後だったのだ。

 このままでは体よりも心がもたないと思っていたのだが、俺もサワダさんも反撃をする事すら出来ずにただただ繰り出される攻撃を受けるだけの時間が過ぎていったのだ。終わらない攻撃と繰り返される死と蘇生。俺もサワダさんも抵抗する気力も残っていない。

 そんな時、俺達と女性の間に見慣れた背中が割り込んできた。

「待たせちまって悪かったな。今助けてやるからな」

 俺はずいぶん懐かしい声を聞いたと思ったのと同時に絶望の中に希望の光を見付けたような気がしていた。小さな光ではあったが、今の俺にはその小さな光も力強くまばゆく思えていたのであった。

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