第3話 三人でペアは作れない

 ある程度の敵はタカハシさんがひきつけてくれている間に俺が攻撃して倒すことが出来ていた。俺の攻撃が間に合わない時や敵の数が多い時はサワダさんが新しく覚えた体に負担の少ない攻撃魔法で殲滅をしてくれたりもしていたのだ。タカハシさんは最初のうちこそ敵の攻撃を受けてダメージを負うこともあったのだが、今では攻撃を受ける前に距離を空けて空振りを誘発したり攻撃される前に反撃をしたりしてダメージをほぼ受けなくなっていたのだ。

「この世界ってよ、食べ物は美味いのに酒はあんまり美味くないんだよな。ヨコヤマ君もサワダさんも酒の作り方なんて知らないだろうしさ、たまには美味い酒で勝利の祝杯をあげたいって思うんだよな」

「俺はあんまり酒を飲まないんでわからないですけど、美味い酒だとやっぱり違うもんなんですか?」

「そりゃ違うだろ。大違いだよ。この世界にも銘酒は数あれど、どの酒も俺の口には合わないんだよな。こっちの酒は基本的に甘味が強すぎるんだよ。あんまり飲み慣れていないヨコヤマ君とかだったらそれでもいいかもしれないけどさ、俺くらいの酒飲みになると辛口の方がやっぱり好きだったりするわけよ。ね、サワダちゃんもそうでしょ?」

「……。……、…………」

 サワダさんはあまり口数が多い人ではないのだけれど、俺やタカハシさんよりは酒を飲んでいると思う。戦闘の前はさすがに飲んでいることは無いのだが、戦いに行かない休日になると朝から一日中一人で酒を飲んでいるのだ。

 サワダさんみたいな綺麗な女性が一人で飲んでいると声をかける男性も多いと思うのだが、お酒を飲んでいる時のサワダさんは誰とも目を合わせないし会話もしないのだ。普段から会話自体は少ないのだけれど、俺やタカハシさんが話をしている時はこっちの方をちゃんと見てリアクションはしてくれるのだ。サワダさんと会話らしい会話はほとんどした記憶が無いのだが、戦いの最中は俺が助けて欲しいタイミングで魔法を使ってくれるので助かっていたりするのだ。

「まあ、今日はこれくらいで終わりにして宿に戻って休もうぜ。リーダーであるヨコヤマ君がもう少し魔物狩りをしたいって言うんだったら付き合うけどさ、そうじゃないなら今日は横になりたいな」

「そうですね。この辺で名の知れた魔王は全て倒せましたし、後の雑魚はこの世界の人達に任せましょうか。それに、次の地区にいる魔王の情報も集めないといけないですよね。明後日が次の地区への移動日となりますので、二人はそれまでは好きなように過ごしてくださいね」

「さすがリーダー。いつも助かります。魔王討伐の報告とかは俺がやった方がいいかもしれないんだけどさ、俺ら三人の中で認定を受けているのってヨコヤマ君だけだからね。俺も認定を受けることが出来れば変わってやりたいんだけどさ、勇者として認めてもらえなかったから仕方ないよな。じゃ、俺はサワダさんと一緒に朝から酒でも飲んで過ごしておこうかな」

 タカハシさんがサワダさんの名前を出したので俺は無意識のうちにサワダさんの事を見たのだが、サワダさんは街中でナンパをされた時のような嫌そうな表情を浮かべていた。タカハシさんも俺達の仲間なのであんまり邪険に扱っては欲しくないのだけれど、サワダさんが嫌そうな顔を見せるのもある程度は仕方ない事なのかもしれない。

「わかったわかった。わかりましたよ。俺は大人しく一人で過ごしますよ。今日はちょっと疲れたから先に宿に戻ってるわ。食事の時間になったら呼びに来てくれよ」

「いつも通りの時間に迎えに行きますね」

 毎回のように休みになるとサワダさんを誘ってみようとするタカハシさんではあったが、サワダさんは毎回何も返事はせずに嫌そうな表情を浮かべて撃退しているのだ。魔物の攻撃は一切受け付けないタカハシさんではあったが、サワダさんから向けられる軽蔑にも似た冷たい視線には耐えることが出来ないらしく、ハッキリと拒絶される前にこの場を去っていくという事を徹底していた。

 俺はこの世界でやってみたいことも特にないので休みの日はこの世界で使われている文字を理解するための勉強をしていた。タカハシさんがこの世界の文字を読めるのかはわからないが、サワダさんは魔法を使うことで全ての文字の意味を理解しているとのことだ。この世界にある小さい子供が使う教科書で一から学んでいるのだが、もともと住んでいた世界でも一人で勉強することが多かったので何の問題も無かった。時々ではあるが、サワダさんが魔法を使って単語の意味を教えてくれたりもした。あまり声を出さないサワダさんが俺の近くで喋っている姿を見るとなぜか心が大人しくなるような気がしていた。

「あの、今日も勉強するんだったら、夜に部屋に行っても良いかな?」

「良いですけど、ご飯食べた後に勉強するんですよ。その時間ってサワダさんはお酒飲んでますよね?」

 俺は一応確認してみたのだが、俺の質問に対してサワダさんは答えを出すことが出来ないようだ。たぶん、今日も食事の席で酒を飲むと思う。俺は付き合いで一杯だけで終わらせるのだが、タカハシさんとサワダさんは店が閉店するまで飲み続けているんだろう。そんな話を翌朝誰かが俺にしてくれるのも日課になっているのだ。

 誰も教えてくれなかったとしても、翌日に代金を払いに行った時にマスターからいやというほど聞かされることになるので知ることにはなるのだが。

「今日は、一杯だけで終わりにする。だから、ヨコヤマ君の部屋に行って、勉強教えるから」

「無理して我慢しなくてもいいですからね。サワダさんに翻訳してもらった教科書でも十分に言葉は学べますからね。この世界の言葉って日本語とそんなに変わらないですからね。ちょっと文字が見た事ない感じになってるんで困ってはいますけど、単語の意味さえ分かれば後はどうとでもなりますからね」

「でも、一緒に勉強した方が、良いと思うんだけどな」


 いつもの酒場で祝勝会を兼ねた食事会をしていた。いつもであれば食事会を兼ねた祝勝会といった様相なのだが、今日はサワダさんが本当にお酒を一杯しか飲んでいないのでタカハシさんだけではなく店の中にいる人全員が驚いていた。もちろん、俺もサワダさんが二杯目に水を頼んでいたことに驚いてはいたのだが、いつもとは違って二人で食べるご飯はよりおいしく感じていたのだ。

「え、サワダさんが一杯でやめるなんて変だ。どこか体調でも良くないの?」

 タカハシさんは本気で心配しているようなのだが、サワダさんはそんなタカハシさんの気持ちを知ってか知らずか全く相手にしないまま食事を続けていたのだ。

 周りにいる人達もサワダさんの事を本気で心配しているようなのだが、肝心のサワダさんはいつも食べないデザートまで完食してお酒を飲んでいる時とは別の幸せそうな表情を見せいてたのだ。

「あとでヨコヤマ君の部屋に行くね」

 他の人に聞こえないように俺の脳内に直接語り掛けてきたサワダさんではあったが、その声もとても小さく集中していないと聞き逃してしまいそうではあった。

「なあ、サワダちゃんって本当に体調大丈夫なのかな。ちょっとどころじゃなく心配になってきたんだけど。ヨコヤマ君も心配にならないか?」

「心配には間違いないですけど、サワダさんが大丈夫だと言ってるんで俺はそれを信じることにしますよ。戦っている時も戦っていない時も俺はタカハシさんとサワダさんの事を信じていますからね」

 俺の言葉を聞いたタカハシさんは涙を浮かべたまま俺に抱き着いてきた。痛いくらいに強く抱きしめられていたのだが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

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