勇者ヨコヤマケンジの章

第2話 ぼっちだった俺が勇者になってしまった

 友達のいなかった俺は一人で山登りをする事だけが生きがいだった。山登りと言っても本格的なモノではなくハイキングコースが整備された子供でも登れるような山しか行ったことが無いのだけれど、すれ違う人達との挨拶を交わすことが主な目的だったので問題は何も無かった。

 俺は身の程をわきまえているので一人で登れないような山にはいかなかったし、そんな場所に行って誰かと過ごすことなんて考えてもいなかったのだ。

 だが、そんな俺にも色々な山に登っていれば顔見知りも出来るわけであって、何度も同じ人と挨拶を交わしているうちにちょっとした会話をするようになっていく人もいた。そんな中の一人であるタカハシさんは社交的でリーダーシップもあるワンマン社長タイプであった。実際は社長ではなく転職したばかりで役職にはついていないそうなのだが、新しい職場でも持ち前のリーダーシップを発揮して即戦力として活躍しているそうだ。

 タカハシさんは一人ですいすいと登っていくのでいつも俺よりも先に頂上へたどり着いているのだけれど、なぜか帰りは俺にペースを合わせてくれていたのだ。

 もう一人仲良くなった女性がいるのだが、その人はとても無口でサワダヒサコさんという名前くらいしか知らなかった。フルネームを知ったきっかけはタカハシさんが強引に聞きだしたからなのだが、俺はサワダさんの名前を聞いた時に初めてタカハシさんの名前がコタローだという事を知ったのだ。

 仲良くなったとはいえ、俺は基本的に一人で山に登っているだけで満足だったし、サワダさんも俺と同じような考えだったんだと思う。何度か少し遠くにある有名な山に登ろうとタカハシさんに誘われたことがあったのだが、俺はその誘いを断っていたのだ。たぶん、サワダさんも断ってはいたと思うのだが、あまりのしつこさに負けて一度だけ付き合うことにしたのだ。サワダさんも俺と同じように熱心に誘われて断り切れなかったのだと思う。

 タカハシさんの車に乗って三人で登山口へ向かっていたところ、スピードを出し過ぎて曲がり切れなかった車が向かってきたところまでは覚えていたのだが、事故に遭ったはずの俺が寝ていたのは病院のベッドではなく簡易宿泊所のベッドの中であった。

 車がぶつかった衝撃は今でも忘れないのだが、あの衝撃の中で怪我一つない事は信じられなかった。どこかに体を打ち付けたような記憶もないのだけれど、確かに俺は事故に遭ったと思う。それだけは夢ではないと思うのだが、夢だとしてもこの場所は全く見覚えが無かったのだ。

 とにかく、ここがどこなのか確かめるためにも部屋の外へ出ることにしよう。俺は恐る恐るドアノブを回して外を確認するように覗くと、そこには見慣れた登山着のタカハシさんとサワダさんがいつものようにベンチに座っていたのだ。

「お、やっと目を覚ましたか。俺が誰だかわかるか?」

「誰だかわかるかって、タカハシさんですよね。サワダさんもいるし、ここってどこですか?」

「俺もちゃんと理解しているわけではないんだがな、俺達はどうやらあの時突っ込んできた車のせいで死んじゃったみたいだ。でもな、ここはあの世ってわけではないみたいだぜ」

「なんですかそれ、意味が分からないんですけど」

「俺も意味は分からなかったんだが、俺の話を聞いて外の様子を見れば嫌でも理解出来ると思うぜ」


 タカハシさんの話では、俺達は追突されたことで三人とも即死だったらしい。こうして今も生きているので即死したというのも信じられないのだが、外を歩く人の姿を見て今まで暮らしていた世界とは全く別の世界であるという事だけは認識出来た。外を歩く人、人ではない人、歩いておらず宙に浮いたまま移動している人、アニメやゲームでしか見たことが無いような鎧を着ている人が普通に歩いているのだ。間違いない、俺達は三人で異世界に転生してしまったというのだ。

「ヨコヤマ君はゲームとかもやるって言ってたからこの状況を理解するのも早いと思うのだが、外を見た感想はどうかな?」

「どうかなって、俺は異世界に行ってみたいなって思ったことはあったんですけど、実際に来てみると嬉しいってよりも戸惑いの方が大きいです。これから俺達はどうすればいいんですか?」

「どうすればいいって言われてもな、とりあえずヨコヤマ君のしたいことをするのが一番だと思うよ。俺もサワダさんもこういう世界の事は詳しくないからさ。ヨコヤマ君が先導してくれたら俺達はそれに従うからさ」

「ちょっと待ってくださいよ。俺だってゲームとかアニメで知ってくるくらいで何も知らないですって。それに、俺よりもタカハシさんの方がリーダーシップあるんだから俺達を率いてくださいよ。その方が良いと思うんですけど」

「それなんだがな、俺とサワダさんで話し合ったところ、ヨコヤマ君が俺たちのリーダーになるのがふさわしいって事に決まったんだよ。ここの宿の人にも代表者が誰か決めてくれてって言われててね、多数決で決めた事なんだ。申し訳ない」

「多数決って、俺が寝てる間に決めないでくださいよ。じゃあ、俺が仮リーダーでもいいですから、ここがどんなところか説明してくださいよ」

「それについてなんだがな、ヨコヤマ君が目を覚ましたら説明してもらえるってことになってるんだよ。ほら、あそこの猫みたいな顔の人が詳しい説明をしてくれることになってるからさ」


「以上で説明は終わりになりますが、何か気になることはありますか?」

 気になることはありますかって言われてもな、気になることだらけで何をすればいいのかさっぱり見当もつかなかった。ただ、俺がアタッカーでタカハシさんがタンクでサワダさんがヒーラーだという事が理解出来た。タカハシさんはタンク役に不満があるみたいだけれど、そんな事は気にしないで話は進んでいた。

 俺達の目的はこの世界に無数に存在する魔王を一体でも多く討伐する事らしいのだ。なんでも、この世界にかつて君臨していた大魔王は一人の魔法使いの手によって完全に消滅させられたそうなのだが、残党ともいえるような魔王はまだたくさん存在しているそうなのだ。大魔王を倒した魔法使いも魔王狩りは行っているようなのだが、魔王の数があまりにも多すぎて一人では対処することが出来ず、俺達のような転生者が何人も魔王と戦うためにこの世界に召喚されているそうなのだ。

 転生者という事もあって俺達は見合った能力を授けられているのだが、その力を確かめるために俺達は訓練場と呼ばれている施設で自分たちの能力を確認することになったのだ。

 俺の能力は相手の行動を予測して敵の攻撃をかわして隙をついて攻めるというものなのだが、俺の性格に照らし合わせると地味な行動に見えて安定して確実に攻撃が出来るというのはあっていると思った。敵の攻撃がどこにくるという事がわかっていれば当たることは無いし、敵の行動を予測できることによってこちらの攻撃も確実に当てることが出来るのだ。もしかしたら、どんなチート能力よりも強力な性能なのではないかと思っていた。

 タカハシさんは持ち前の頑丈さで全ての攻撃を受け止めてくれるようなのだが、攻撃をされた瞬間にタカハシさんの意思とは無関係に反撃をしているようだ。敵の攻撃が物理であろうが魔法であろうが何だろうが受け止めて反撃をするという事も完全にチートだと思うのだが、自分から攻撃が出来ないタカハシさんは少し不満そうであった。積極的に攻撃してみようとしてもタカハシさんの攻撃はどうさも遅く単調なモノであったので敵に当たることも無く反撃をされていたのだが、その反撃も完全に受け止めて敵に反撃をしていたのである。

 サワダさんにいたっては、敵も近寄ることが無く離れた位置から様子をうかがっていたのだが、持っている杖を天に向かって掲げると同時に杖先から一筋の光が敵に向かって伸びていって、光が当たった瞬間に敵の姿は黒焦げになっていたのだ。その破壊力は俺やタカハシさんよりも凄い威力ではあるのだが、その攻撃を三回出しただけでサワダさんは動けないくらいに疲労して動けなくなっていたのだ。

 バランスが良いのか悪いのかわからない俺達の能力ではあったが、少なくともこっちの世界では死ぬことが無さそうだと思うと少しだけ心にゆとりが出来たような気がしていた。

「それでは、戦い方も理解されたようなのでよろしくお願いしますね。この世界にいる魔王を一体でも多く倒してもらえることを期待しておりますから」

「わかりました。出来るだけ頑張ってみますね」

 俺の言葉を聞いた猫の人は嬉しそうにほほ笑むと、俺達を順番に抱きしめてくれた。

 猫アレルギーだった俺は少し困ってしまったのだが、不思議とアレルギー反応が出ることは無かったのだ。この瞬間、俺は改めて別の世界に来てしまったんだという事を深く理解してしまったのであった。

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