健康優良不老少女

釧路太郎

プロローグ

第1話 世界がモエカを知った日

 人にとって絶望を味わうだけの世界ではあったが、この世界にもいくつか希望の光は残されていたのだ。

 その一つが大魔法使いソウリン様ではあるのだが、半世紀前に大魔王を封印して以来その姿を目撃したものは誰もいない。各国の魔導士たちがこの世界のどこかで大魔法使いソウリン様の魔力は感じているのだが、肝心のその姿を見たものはどこにもおらず所在不明のまま大魔王の封印が解けようとしていたのであった。

 私を含め多くの者がソウリン様を探して世界中を旅しているのだが、誰一人として目撃情報すら得ることが出来ずに時間だけが過ぎていっていたのだ。

「ソウリン様ならあの山の麓にある湖の近くに住んでたみたいですよ。じいさんから聞いた話なんで本当かわかりませんがね」

 真偽不明の情報はいくらでも手に入るのだが、その中に真実が紛れ込んでいるという事は今まで一度も無かったのである。だが、万が一の可能性を信じて確認を怠るということは出来ないのである。そこにソウリン様がいるという希望があるだけでも私は前に進むことが出来るという事なのだから。


 鬱蒼とした森を抜けた先にあった湖の周りは色とりどりの花が咲き誇る花壇が整備されていた。それを見ただけでもここは誰かが管理しているという事がわかるのだが、この荒んだ世界で花壇を維持することが出来ているというだけでもここは強い力に守られているという事が理解出来るのだ。こんなに優れた水場は戦闘の舞台になりがちだと思うのだが、ここまで綺麗に整備されている花壇は王都でも見ることが出来ないと思って見入ってしまっていた。

 私は手入れの行き届いた花壇を見ながらゆっくりと足を勧めていたのだが、遠くの方から私の事を怪訝な顔で見ている少女がいる事に気付いたのだ。私はなるべく警戒されないように少女に近付いていったのだが、万が一の事を考えていつでも剣を抜くことが出来るように準備だけはしているのだ。

「あの、うちに何か用ですか?」

 花壇の向こうにいたはずの少女がいつの間にか私の背後に回り込んでいたのだ。思わず私は剣の柄を握りこんでいたのだが、少女は私の手を押さえるように添えると小さな声で私に話しかけてきた。

「ここで私に敵意を見せない方がいいですよ。お父さんが怒っちゃいますから」

 お父さんが怒るという意味は理解出来なかったのだが、私の手にそっと添えられただけの少女の手から恐ろしいほどの殺気を感じて柄から手を離してしまった。

 少女は私を青く澄んだ瞳で見つめているのだが、私はその目を見つめたまま動くことが出来ずにいた。何を言えばいいのか言葉を慎重に選んでいたのだが、一つでも選択を間違えると私の命が無いような予感がしていたのだ。こんな思いは過去にも何度か経験していたのだが、その中でも一番正解にたどり着くのが難しいような気がしていたのだ。

「なるほど、あなたは大魔王を封印するために大魔法使いソウリンを探しているという事なんですね。でも、残念ながらソウリンはここに居ないんです」

「え、どうしてそれを?」

「どうしてって、あなたは王国騎士団の方ですよね。大魔王の封印が解かれそうな今、王国騎士団の方がこんな場所にやってくる理由なんて一つしかないですよね。ソウリンを連れて帰って大魔王をまた封印してもらおうって事ですよね?」

 確かにこの少女が言っていることは正解なのだが、私はまだ何も言っていない。王国騎士団の紋章が付いた盾を持ってはいるが、マントの下に隠してあるので少女からは見えるはずもないのだが、一体どういうことなのだろう。

「確かに、あなたの言っていることはおおむね間違いではないのだが、どうしてそんな事がわかるのかな?」

「どうしてって、あなたを見ていればわかりますよ。ここに来たのだってソウリンが住んでいたって話を聞いたからですよね。その話を聞いてここにやってくる人なんて大魔王絡みの人しかいないですからね」

「大魔王絡みであることは間違いないと思いますが、なぜ私が王国騎士団のものだとわかったのですか。なるべくわからないようにしていたとは思うのですが」

 この辺りは中立地帯であるとはいえ、一歩間違えれば戦争になりえるのだ。大魔王の恐怖は世界中に影響を与えてはいるのだが、それ以前に王国とその他の国は手を取り合うほど仲も良くないのだ。

「みんなで協力すれば大魔王も倒せるかもしれないのに、どうして自分たちの手でどうにかしようと思わないんですかね。あなただってソウリンに頼らなくても世界中が協力すれば何とかなるって思ってるんでしょ。正直に言ってみていいのよ」

「その通りだと思います。世界中の人が協力し合えば大魔王を倒すことも出来るとは思います。でも、その為に自分たちの力を削るという事は出来ないんですよ。自国の力が弱まってしまえば、大魔王ではなく他国が脅威になりかねませんからね。どの国も自国の被害を少なく抑えたいと思ってますから」

「バカみたい。同じ人間なんだから助け合えばいいのに」

 少女は私の目を真っすぐに見たまま悲しそうな表情を浮かべていた。いや、悲しいというよりは哀れなものを見るように感じてしまっていた。

「ところで、ここにソウリン様はいらっしゃるのですか?」

「まあ、居ると言えば居るんだけどさ、あなた達に力を貸すことは出来ないと思うよ」

「力を貸していただけないとは、いったいどういう理由なのですか?」

 荒れ果てたこの世界の中でこれほど綺麗で整備された場所が自然の中にあるという事だけでもソウリン様の手がかかっていることは明白なのだ。ここに居ないとしても定期的に訪れているとは思っていたのだが、ここに居るという事が少女の口から出てきたのは思ってもみない事であった。だが、力を貸すことが出来ないというのはどういうことなのだろうか。

「ごめんね。お父さんはもうここから出ることが出来ないんだ。十年くらい前にお父さんの肉体が無くなっちゃってさ、今では精神生命体となってここに留まっているんだよね。だから、お父さんの力で封印したいんだったら大魔王をここまで連れてきてね」

「ちょっと待ってください。いくつか聞きたいことがあるんですけど、ソウリン様の肉体が無くなってここで精神生命体となっているってどういう事なんですか。それに、ソウリン様はお父さんってどういうことですか?」


 少女の話を聞く限り、この少女は大魔法使いソウリン様の一人娘であるらしい。ソウリン様に家族がいるという話は聞いたことも無いのだが、そもそもソウリン様の日常など誰も知りはしないのだ。長い年月この世界の危機を救っている英雄だという事は知っているのだが、そのプライベートまでは誰も知ることも無かった。

 娘がいたという話が知れ渡れば世界はひっくり返るかもしれないが、それ以前にソウリン様の肉体が滅んでしまったというのはどういうことなのだろうか。不死のソウリンと呼ばれていたのはいったい何だったのだろう。

「あ、お父さんは間違いなく不死だよ。その証拠に肉体が滅んでも魂は残っているからね。あなたのすぐ後ろに今もいるでしょ」

 少女の言葉を聞いてすぐに後ろを確認したのだが、もちろんそこには誰もいない。誰かが立っていれば気配で気付くはずなので誰もいない事は分かっていたのだが、少女の言葉には謎の説得力があったので思わず確認してしまったのだ。

「誰もいないじゃないか。本当にあなたはソウリン様の娘なのですか?」

「別にあなたに信じてもらわなくてもいいんだけど、大魔王をここに連れてくれば封印してあげることだって出来るんだからね。魔法が使えないあなたでもそれくらいは理解出来るんじゃない?」

 私は魔法を使えないわけではない。日常生活を多少楽にする程度の魔法は使えるのだ。ただ、戦闘で使えるレベルの魔法が使えないだけなのである。戦闘で魔法が使えないからと言って何か不便なことがあるわけでもないし、不便があれば魔法を使えるものに助けてもらっているので問題も無いのだ。だから、魔法を使えないという少女の言葉を否定しようと思えば否定できるのだ。

「実戦で使えない魔法なんて何の意味もないのよ。そんな事もわからないからお父さんの事も感じられないのよね。で、あなたがここに来た目的って何なの。ハッキリ言葉にしていってもらえるかな?」

「時間も無いので単刀直入に言いますが、大魔法使いソウリン様に大魔王の復活を阻止するなり封印してもらおうと思っていたのですが、ここには大魔法使いソウリン様もいらっしゃらないようなので他の場所を探させていただきます。どこかソウリン様がいる心当たりとかありませんか?」

「何度も言わせないでよね。お父さんならあなたのすぐそばにいるって言ってるじゃない。それにさ、大魔王の復活を阻止するとか封印するとか簡単に言ってくれるけどさ、それって問題を先延ばしにするだけで根本的な解決にならないってわかってないの?」

「あなたの言う通りだと思いますけど、大魔王の力はあまりにも強大すぎるので我々にはどうすることも出来ないのです。いつの時代か大魔王と渡り合えるような強者が生まれるのを待つしかないんですよ。それは大魔法使いソウリン様もそうおっしゃってるそうじゃないですか」

「だから、いつかそんな人が生まれるのを待ってるんじゃダメだって。今出来ることをしてから封印なりすればいいでしょ。少しでもその大魔王の力を弱めることが出来れば封印だってしやすくなるんじゃないかな。魔法が使えないとそんな事も考えられなくなるんだろうね」

 この少女の言うことは間違ってはいないのだ。同じ封印だとしても力を保持したままの大魔王を封印するよりも力が弱まった状態の大魔王を封印した方が封印期間も長くなるはずなのだ。ただ、それを行うには我々はあまりにも無力なのである。大魔王の生み出した魔王たちですら今の私達では迂闊に手を出すことが出来ないのだ。たった一つのミスが部隊の全滅を招いてしまうほどに力の差は歴然なのである。

「確かに、あなたの言う通りで大魔王の力を弱めることが出来るのであれば、それに越したことはありません。だが、我々の力では大魔王に対して有効な攻撃手段を持たないのです。たった一度の攻撃を試すためにどれだけの犠牲を払わなければいけないのかわからない程我々と大魔王には力の差があるのです。だから、力のある状態だとしても大魔王を封印していただかなくてはならないのですよ」

「ふーん、そう言うもんなんだ。だからお父さんは大魔王と戦うために長い時間をかけすぎちゃったんだね。無理をして強くなろうとして肉体が持たずに精神だけになっちゃったって事なのかな。私に言ってくれればいくらでも協力したのにな。とりあえず、ここにその大魔王を連れてこられるように私が手を貸してあげるよ。お父さんがそこに行くのは無理だと思うし、誘導するくらいなら私でも出来ると思うからね」

「名乗るのが遅れましたが、私は王国騎士団第四部隊隊長のロクタイです。これからよろしくお願いします」

「第四なのにロクって紛らわしいわね。私はソウリンの娘のモエカです。短い間だと思うけどよろしくね。ロクタイ」


 大魔法使いソウリン様の娘だという少女を連れて王都に戻った私は多くの者から叱責を受けていた。長い年月をかけて見つけ出したのが大魔法使いソウリン様ではなくその娘であるという事と、その娘が本当にソウリン様の娘なのか真偽が不明であるという事なのだ。

 大魔法使いソウリン様を直接見たことがあるものはそれほど多くないのだが、少女が似ているというものと全く似ても似つかないというものとで二極化され、大魔王の復活に関する話題よりも少女が本当にソウリン様の娘であるかという事の方が世間の話題になっていったのだ。

 私自身も彼女を完全に信じていたわけではないのだが、王都に戻る途中に出くわした多くの魔物に対しても散歩の途中で知り合いにあった時のように軽く挨拶をする程度の感覚で倒していたのは衝撃であった。彼女がソウリン様の娘であろうがなかろうが強力な魔法を何の制約も無く使えるという事には変わりないのだ。定期的に王都を襲撃する魔王を一蹴していたことを多くの人達が目撃しているのだが、それでもソウリン様の娘だと信じないものが減ることは無かったのだ。

「それで、大魔王の復活ってどれくらい先なの?」

「そうですね。早くても二年くらい先なんじゃないかと思いますよ」

「そんなに時間があるならもっと後で良かったじゃない。お父さんのとこに一旦帰ろうかな」

「今帰られると困りますよ。モエカさんがここに来てから多くの魔王を倒してくれてるじゃないですか。それの弔いみたいな形で今も多くの魔王がモエカさんのもとにに向かってるんですよ。今帰るとあの綺麗な花壇が魔王によって壊されちゃいますって」

「そうなる前にみんな倒しちゃえばいいでしょ。王様だって私には魔王に手を出しても文句は言わないって言ってくれたし、好きにさせてもらっても良いでしょ」

 大魔法使いソウリン様の娘であるかはいまだに結論が出ていないのだが、多くの魔王を圧倒的な魔力で制圧している姿は誰もが認めているのだ。私達では撃退することが出来ずにいた魔王たちをいとも簡単に仕留めるさまはまさに圧巻の一言に尽きるのだが、あまりにも強すぎる力はある意味では自分たちに恐怖を与える対象にもなりえるのである。モエカさんに頼るのを反対する人達はそこを恐れているのだと思うのだが、魔王たちに対抗するにはモエカさんの力に頼るのが一番だという事は誰もが認めてはいるのだ。

「二年って長すぎない。今だったら魔王の襲撃も無いみたいだしさ、大魔王に掛けられている封印を解いて連れて行っても良いかな?」

 私はモエカさんの言葉を聞いて思考が停止してしまった。魔王が責めてきていないうちに大魔王の封印を解いて連れて行くってなんだろう。意味が全く分からない。

「ロクタイに聞いても意味無いか。じゃ、王様に聞いてみようかな」

 モエカさんは私が止めるのなんてもちろん聞かずに国王陛下のもとへと向かってしまった。思えば、王国騎士団第四部隊は私がモエカさんを連れてきてから一度も本来の仕事を全うしていないのだ。モエカさんの自由過ぎる行動の尻拭いをして回るだけの舞台となっていたのだ。もっとも、尻拭いと言ってもモエカさんがとどめを刺した魔王や魔物たちの処分をするだけなので他の舞台に比べれば命の危険など一切ないのである。そんな事もあって、命が惜しい者達が第四部隊への転属を希望していて他の部隊長から白い目を向けられているという悩みもあったりするのだ。


「王様の許可ももらえたし、さっそく大魔王の封印を解きますか。どうすれば解けるのかな?」

 もちろん、国王陛下の許可というのは本当に出ていたし、万が一という事も考えて国民の多くは城の中にある避難場所へと身を寄せていた。だが、大魔王の復活をこの目で見ようと多くのメディア関係者や市民の一部が大魔王を封印している霊廟の周囲に集まっていたのである。

 我々第四部隊を除く全ての部隊は王国の守備についているのだ。何かあったとしても被害に遭うのは非難しなかった市民と我々第四部隊だけになるという寸法である。他の部隊は三日前から封印の準備を行っているので、もしもの時も安心というわけだ。そんな事態になればこの場にいる我々も市民も一緒に封印されてしまうことになるのだが、それもまたモエカさんを連れてきた私と逃げずにこの場にとどまって全てを目撃しようとするモノの責任でもあるのだ。

「じゃあ、大魔王の封印を解いちゃうね。無理やり封印を解くことになるんだけど、見てる人達はもう少し離れた方がいいかもしれないよ。魔法に耐性のない人は特に気を付けてね」

 いつになく真剣な目をしたモエカさんの言葉でこの場にいた者達は今いる場所から大きく後ろに下がっていったのだ。多くの者はこの場に来てしまったことを後悔しているに違いないのだが、今更そんなことを言っても逃げ出すことは出来ないのだ。すでにこの場所からモエカさんの住んでいた家に向かって結界が一本道に伸びているので逃げ場なんてどこにもないのである。

 大魔王が封印されている棺に向かってモエカさんが手を伸ばすと、ゆっくりと棺が崩れていき、その中からこの世のものとは思えないほど恐ろしい力が漏れ出してきたのだ。今まで対峙してきた魔物とも魔王たちとも違う、体の芯から逃げ出したくなるような恐ろし力を感じた私は自分の意思とは無関係にその場に座り込んでしまっていた。横目に見えた私の部隊の者達もその場に座り込んでいたり倒れこんだりしていたのだ。まだ、その全貌は見えていないのだが、力の一端を感じただけで私達は戦慄し、その場から動く事すらできなくなっていたのである。


「わしの封印を解いたのは貴様か。喜べ、貴様の望みを一つだけ聞いてやろう」

「じゃあ、私のお父さんが待ってるんで家まで来てもらってもいいですか?」

「お前の家に行けとわしに言っているのか?」

「そうだけど、無理かな?」

「無理ではないが、面白いことを言う小娘だ。いや、小娘ではないのか。それで、お前のお父さんとやらが待っているからなんだというのだ。ん、お父さんとは、ソウリンとかいう魔法使いの事か?」

「そうだけど。それがどうかしたの?」

「貴様の中にうっすらとあるソウリンの魔力を感じ取ったぞ。そうか、貴様はソウリンの娘か。なるほどなるほど、このわしを封印したソウリンの娘か。あの男の娘であれば納得だ。望みは聞いてやると言ったが気が変わった。ソウリンの娘である貴様の願いなど聞かぬわ。貴様の死体を手土産にわしを封印したソウリンのもとへ向かってやることにするか」

 大魔王が手のひらからモエカさんに向かって漆黒の炎を飛ばしていた。漆黒の炎は影すらも残さずに燃やし尽くすと言われているもので、魔王の中でも使えるものは極一部でありその魔法一つで大陸を焼失させるとさえ言われている。もちろん、そんな魔法はあるわけも無いし威力も誇張されて伝わっていると思うのだが、私に掛けられている防護魔法も魔力を込められた鎧も大魔王の漆黒の炎が出現した時点でほぼほぼ効果を失っているようだ。正面だけではなく背中もじんわりと熱くなっていたのだ。

 一歩でも近づいていれば骨まで残らないような気がしていたのだが、漆黒の炎がモエカさんに近付いていても不思議なことに私達はそれを目撃することが出来ていたのだ。それどころか、漆黒の炎がモエカさんに近付けば近付くほど熱さを感じなくなっていったように思えていた。感覚が麻痺しているのかとも思っていたが、そうなれば皮膚も溶けているように思えたので別の理由があるように思えてならない。

「なぜだ、なぜ漆黒の炎が効かないのだ。貴様、ソウリンの娘とは言え生身で人間が耐えられるわけがない」

「まあ、それはそうだよね。でも、大魔王を封印するのって無理かも。魔力を限界まで高めようとしてたお父さんには申し訳ないけどさ、諦めてもらうしかないよね」

 大魔王はその後も様々な魔法をモエカさんに向かって放っていたのだが、そのどれもがモエカさんにダメージを与えることは無かった。最初に見た漆黒の炎以外の魔法は見たことがある魔法ばかりではあったし、再び漆黒の炎のような魔法を使わないのは不自然だと感じていた。それは見ている多くの人達も感じていたようだった。

「ねえ、最初の一撃に全てをかけるのは間違ってないと思うけどさ、もう見てるだけなのも飽きたんでこっちから行っても良いかな?」

「ま、待て、そんなことを言わずにな、待ってくれ。そうだ、お前の望みを聞いてやろう。ほら、お前のお父さんであるソウリンに会いに行くから。そうするのが一番だとお前も思うだろ?」

「いや、お父さんに頼んで封印してもらう必要なんてないかなって思うんだよね。だってさ、あなたくらいの力だったら私が倒しちゃった方が早いわけだし」

「そんな事言わずにさ、話し合うのも大切だと思うよ」

 世界中を震撼させていた大魔王の最後は何とも情けないものであった。この映像が残っていなければ誰も信じないような結末ではあったが、世界が救われた瞬間でもあったのだ。


「素晴らしい。さすがは大魔法使いソウリン様の娘だ。今まで封印することしか考えていなかったのだが、あの大魔王を倒してしまうとは素晴らしい。その功績を称えるためにも、第一王子との結婚を許可する」

 大魔王を王国内で倒したことに気を良くしたのか国王陛下はとんでもないことを言いだした。第一王子と言えば最近結婚したばかりで相手は帝国皇帝の一人娘である。長年敵対関係にあった王国と帝国を平和に導く希望として結婚したはずなのだが、大魔王の脅威がなくなった今その平和すらも壊すというのだろうか。

 だが、それを聞いた帝国皇帝も納得はしていないまでも認めるような態度ではある。それだけではない、その他の国の元首たちもモエカさんと第一王子の結婚を祝福している節があるのだ。

 おそらく、大魔王を討伐したのがモエカさんであっても王国内で討伐されたという事実がある限り他の国は王国に対して矛を向けることが出来なくなっているのだろう。それくらいに大魔王を討伐したという実績は他に得難いものがあるのである。

「いや、そんな子供と結婚なんてしないし。そもそも、私がこいつと結婚するメリット無いでしょ」

「メリットと言えば、第一王子とモエカ殿が結婚してくれたのであれば私は退位して第一王子を新しく国王に」

「あのさ、そんな事メリットにならないじゃない。それに、そんな面倒な事をしなくても私は簡単にこの国を手に入れることが出来るんだよ。あなた方にあの大魔王よりも強い攻撃手段があるっていうのかな。無いよね。そんなんで私と戦えるって思ってるの?」

「いや、モエカ殿と戦うなんてこれっぽっちも思っていないのだが」

「はあ、本当これだからガキって嫌いなんだわ。お父さんもなんでこんな人たちのいう事聞いてたんだろ。ホント嫌になっちゃうわ」

「モエカさん、さすがに言い過ぎですよ。国王陛下もです。この世界を救ってくれたモエカさんに対してあまりにも敬意が無さ過ぎますよ。それに、第一王子だって先日結婚なさったばかりではないですか。皇帝陛下もそれは理解してますよね。私はそんなあなた達に失望してしまいそうです」

「ま、まあ、そう興奮するな。余も嬉しさのあまりつい口が軽くなってしまったのだ。申し訳ない。だが、いくら大魔王を倒したとはいえガキ扱いは酷いとは思うのだが」

「わかってくれるならいいけどさ、ガキであることには変わりないでしょ。だって、私よりも年下なんだし」

 一体どこをどう見たらモエカさんの方が年上だと思えるのだろうか。皇帝陛下は私よりも年下であるがモエカさんよりも若いということは無いだろう。そもそも、皇帝陛下の娘であるソニア妃ですらモエカさんよりも年上だと思うのだ。

「もう、みんな本当に子供なんだから。私はこう見えても二千年以上生きているんだからね。あなた達よりも年上なんだよ」

 モエカさんの言った事を理解出来ない状態になってしまったが、誰かが笑い出すと他の者もつられるように笑いが起きていた。謁見の間に集まっているほとんどの者が笑っていたのだが、その中心にいるモエカさんの表情がだんだんと怒りに満ちているように見えてきたのだ。

「別に信じなくても良いけどさ、私は不死のソウリンの娘なんだからね」

「そうであった、そうであった。ソウリン殿は不死であったな。だが、そのソウリン殿は死んでしまったと聞いているのだが?」

「それは、お父さんの肉体が滅んだだけで魂はあの家に残っているのよ。死んでなんていないって。だから、お父さんは不死なのよ」

「それでは、モエカ殿も不死だという事なのかな?」

「私は不死ではないわよ。不死でも肉体が滅べば何も出来ないようなもんだしね。私は不死じゃなくて不老なの。肉体が老いることなんてないのよ。私の事を殺そうと思えば殺せると思うけど、大魔王より強い自信あるなら試してみてもいいわよ」

 モエカさんの言葉が本当なのかはわからないが、この場にいる誰もモエカさんに敵わないという事だけは真実なのである。

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