第4話

「荷物の積み替えが、あらかた終わったようだな」


 ナギが帰って来た時も、ナミの震えは治まっていなかった。


「とうさん。兵隊が来たわよ。他国へは出るなって」


 ヒルコが気をきかせて報告する。


「そうか。他国へは出ないから、心配するな」


「俺はイヤだ」


 スサノオは反対した。


「どうした?」


 ナギが目を細めて話の続きを待つ。


「漢の兵隊は嫌いだ」


「とうさま。スサノオは、かあさまに抱き着いて、震えていたのですよ」


 ツクヨミが告げ口をする。


「なにを!」


 スサノオは殴りかかった。


「止めんか」


 ナギがスサノオを抱きとめた。


「漢は嫌いだ!」


 ナギの腕の中で、スサノオは叫んだ。


「こら。声が大きい。ここは漢だぞ」


 ナギとナミは周囲を見回したが、官吏や兵隊の姿は無く、とがめられることはなかった。


「それにしても、何だというのだ?」


 ナギがナミの隣に座り、耳元でささやいた。


「お前は、スサノオの気持ちが分かっているのだろう?」


「実は……」


 ナミが数日前に村はずれの梅林であった出来事を話した。


「そんなことがあったのか……。おそらく高句麗の動静をさぐっていた偵察兵の帰りに遭遇したのだろう。不運としか言いようがない。……よし。漢を出よう」


 ナギが決断した。


「兵隊に捕まりませんか?」


「捕まるかもしれない。しかし、漢民族の横暴に涙することもあるまい。今は、できることをしよう。で、スサノオ。お前は、どこに行きたい?」


 どこへ行けばいい?……スサノオの頭を南の夜空に落ちた天狗が過る。


「南だ。倭の国に行く」


 倭の国の事情など何も知らないのに言い切った。


「では、陸路を仁川に行こう」


 翌早朝、家族は出立した。子供たちは馬車に乗せ、ナギと使用人たちは馬を引いて歩く。スサノオは、初めて馬にまたがり満足していた。


 仁川までは丸1日ほどの行程で、到着したのは間もなく日が暮れるというころだった。


「ドウゥ」


 馬車が止まる。馬の背でうとうとしていたスサノオは転げ落ちた。


「とうさん。止めるなら、俺に言ってくれ。馬に声をかける機会を待っていたんだ」


 スサノオは口を尖らせ、大人たちを笑わせた。

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